第4章 パーミッション/イルミ/微甘/微裏
「…………やっぱり戻ろうかな 会場」
ぽつりと言ってみる。これは虚言であり女としての拗ねたプライドでもあった。なのに、重い腰は意思の通りで動こうとはしなかった。
「戻らないの?」
「……迷ってる」
どっち付かずの曖昧な回答をした。一体どうすればリネルの要求は真っ直ぐイルミに届くのだろうか、虚しさすら湧いてきた。力の入らない脚で何とか立ち上がってみる。
「ねえ」
鉛みたいに重い脚で一歩を踏み出したその時、イルミに手首を掴まれた。視線を落とせばいつの間にか すっかり目覚めているイルミの姿がある。
「一緒に寝る?」
意味深なセリフを受け かかった、と心の中でほくそ笑んだ。
黒い瞳が夜の魅力を放って見え仕方ない 握られた手首がじわりと熱を持つ。もっと強く触れて欲しいしイルミを独り占めしたかった。複雑化した感情はどこまでが顔に出ていただろうか、リネル自身もよくわからなかった。
「おいでよ」
その一言が後の起爆剤となる。乾いた掌に引かれればいよいよ イルミの上に身体を預ける事を許された。
引き寄せられれば一気に距離が埋まる。
さらりと落ちるリネルの髪は 綺麗な指に梳かれ、その手は自然と首筋に触れてくる。耳元を飾る大きなイヤリングを意味深に撫でられた。ぶつかる視線は互いにまだ腹の内を探り合っているようでそれが少し心地良かった。ふと目元が緩んでしまう。
「取らないの?」
「…え?」
「それ」
顔面に触れる指の腹が、右眼の目尻をなぞる。この部屋が仄暗いせいでそういえば忘れていた。リネルの片視界を覆うのは標的の好みに合わせて仕込んだ真っ赤なコンタクトレンズだった。
「元々色素が濃いタイプでもないし簡単な小道具で何とかなるだろう」と単純な理由でこの度の潜入依頼に抜擢された訳だが、オッドアイなら尚更希少価値も上がろうかと 片目のみの使用を強いられた訳だ。シャンデリアが輝くパーティー会場ではさぞや目元がチカチカ揺れ 不愉快極まりなかったものだ。
思い出せばまたも 瞳から疲労の悲鳴が聞こえる。