第4章 パーミッション/イルミ/微甘/微裏
予約されていた個室は2人で泊まるにしても申し分ない広さがある。リネルは一度視線を回す。
大きなベッドやドレープの見事なカーテンや、テーブルの脚に施される彫刻の数々にドレッサーの鏡を飾る金銀とりどりの装飾も。皆、青白い月明りを得てその造形をより確かなものにする。
ここは愛を助長する為だけに作り込まれた刹那の檻の中だ、斜めからしか物事が見られず自分が少し嫌になる。
おそらく、この完璧なる模造美を イルミは気にもしていないだろう。イルミは部屋に入るや否や 着ていたスーツの上着を脱ぎ 自然な動作で椅子の背に掛けていた。
リネルは後ろからそれを見つめる。闇に溶けそうな黒いスーツの下からは同色のベストが現れる、広い背中から腰にかけて、締まる身体のラインが強調されている。袖口の長方形をしたカフスボタンが控え目な輝きを飛ばし 一瞬眼を奪われた。先の尖る靴はやはり 足音1つたてはしなかった。
イルミは数歩で部屋の中へ歩み 靴のままソファに横になる。はみ出す脚を組み 一度だけ子供のように伸びをする。そのままぴたりと大人しくなってしまう。
「疲れた」
イルミはおもむろにそんな事を口走っていた。ソファに寝そべるだらしのない姿は イルミにとっての仕事の終わりを意味しているのだろう。
リネルもソファに近づいてみる。イルミの足元の空いたスペースに浅く腰を下ろし 静かな部屋を見つめながら言った。
「そこまで疲れるレベルの仕事だった?標的弱かったよね」
「オレは今日まで全く休みなかったからね。もうしばらく寝てないし」
「………へぇ そうなんだ」
出来るだけ素っ気なく答えた。
こんな愚痴は珍しいしイルミらしくないと思う。ひょっとして彼は彼なりに今夜のまやかしを受け止めているのだろうか。イルミを纏うオーラも雰囲気も、既にすっかり丸みを帯び 今すぐにでも1人寝入ってしまいそうだった。冷えた目でそれを見下ろした。
「そうやって油断してると寝首掻かれるよ」
「油断してないよ」
「してるよ」
「一緒にするなよ」
言いたいのは棘のある言葉ではないはずなのに。
たった数十センチのこの距離をどう詰めたらいいのかがわからない、静寂な時間がもどかしくなってしまう。