第6章 欲しがれ、獣
あれから私達はそれ以上の言葉もかわさず、店の前で別れた。
裏道くんの背中を見送って思う。あの時と姿勢の良さは何も変わってない背中は私の部屋を出る時には丸くなったのだろうか。あの一夜の最中のように涙は出たのだろうか。
何もかもを捨てて、そうしてあの荒んだ人間になったのは自分だけだと思っているその背中に向かって走る。
「ふっっざけんな!」
裏道くんの逞しい肩を引くと、裏道くんのギョッとした顔。そしてその鎖骨を目がけて私は拳を振り下ろす。全力で殴って骨折させるとまずいので、半分くらいの力で。それでも充分痛かったのか裏道くんは顔を歪めた。胸ぐらを掴んで顔を寄せる。
「10年の間に可愛くて迂闊で何も出来ない小娘なんてとうに捨ててるの、こっちは。全部捨てて荒んだのは自分だけみたいな顔してんじゃないわよ」
睨みつけると裏道くんが数歩下がり、私は胸ぐらを離す。10年、10年もかけて何も変わらずにいられるほど無知でいられる訳が無い。
「私のあの時の全部を奪っておいて勝手に捨てないで、全部大事に飾って悲劇の主人公みたいな顔しないで。私ももうそんなことやめるから。選んで、欲しがって、与えさせて」
あの時みたいに首の後ろに手を回す。無理やり引き寄せて、でも唇はつけなかった。寸止めにしたそこで、唇を動かす。要らないなら捨てて、そう囁いた私を引き寄せて裏道くんは私の唇に自分のそれを重ねる。
「要らないわけないだろ」
「じゃあもう逃げないで」
「……大人っていうのは逃げ道が無いと死んじゃうから無理にでも作っておきたくなっちゃう生き物なんだよ〜☆」
「同い歳でしょ、うらみちおにいさんの顔しても騙されないからね」
うらみちおにいさんの顔じゃなくて裏道くんの顔が見たいんだけど、と言うと裏道くんは10年前よりは上手になったけどやっぱり不器用な笑みを見せる。
私は裏道くんから離れて、胸元を拳で叩くように小突く。裏道くんは痛いんだけど……と戸惑った顔をした。
「いいパンチを隠し持ったいい子が好きなんじゃなかったっけ?」
「……ちょっと待って番組観て……」
「シソの神さま、私は割と好きだよ。小一時間笑った」
一気に目が死んだ裏道くんが、狂ってんのかこの世界と呟いた。
私は笑いながら裏道くんの手を握る。
もう、離さないでね。
そう願うように手を強く握ると、同じ強さで握り返してくれた。