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ひとつの円の裏表(裏道夢)

第5章 見つけては見失う


メールが返ってきたのは一週間後のことだった。
土曜の夜に、熊谷くん達とよく行く居酒屋を指定される。それ以外には一言も何も書いてない簡素なメールは好意も悪意も読み取れない。
あの時より老けた私を見てどう思うだろう。決して美しくなければ愛嬌がある訳でもない。大人になったというよりは簡単に諦めることを覚えた私を。
私は少なくともいいパンチを隠し持った子、略していい子ではないのは確かだからなあ、と苦笑する。
いい子じゃなくても、たいそうのおにいさんは褒めてくれるだろうか。

居酒屋は少し混んでいた。先に連れが、と言うと案内されたのは半個室タイプが多い中でめずらしくしっかり個室のところで。靴は既に1足、歩きやすそうなシューズが少し雑に並べられていた。
緊張しながらパンプスを脱いで、障子に手をかける。
失礼します、と念のために声をかけてから数秒。ゆっくり障子を開くと、あの時と同じ無表情というには荒んだ顔つきの裏道くんがいた。

「……久しぶり」

そう言った声も疲れからか大学生の時より低く聞こえる。10年も会わなかった割にあっさりとした再会だ。

「うん、久しぶり。裏道くん」

お互い無言が続く。私も裏道くんも、どう話を切り出せばいいのか考えているのだ。あの日からどうしていたのか、今は何をしてるのか。

あの日、どうして何も言わず去ってしまったのか。

私はどうやって聞こうか、裏道くんはどう話そうか迷っている。
裏道くんは、いつから吸うようになったのかわからないタバコに火をつけて、一口だけ吸うと重々しく口を開いた。

「……俺が、まだ若かった、としか言い様がない。あの日のことは。目が覚めて、我に返って。全部夢だったんじゃないかと思って逃げ出したくなった。怖かった……これ以上俺が何かを失うことが」
「……あの日は、病院の帰りだったの?」
「そう。
体操以外に何も無かった俺の中に早苗が現れて、メールを楽しみにしてる自分に気付いて、そんな矢先に俺の体は違和感を抱え始めた。
……病院の帰り、泣いてる早苗を見つけて、傷付いてる人間がここにもいると思って堪らなくなった。堪らなくなって、そのままに俺は早苗とセックスして、でもまた体操みたいに失うのが怖くて自分から投げ捨てた。あの日の事をずっと謝りたかったのに、連絡もとらずにいてごめん」
裏道くんは深く頭を下げた。
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