第5章 見つけては見失う
「じゃあな」
「うん、4年間ありがとうね」
木角くんとの最後の朝はあっさりしていた。セフレはダメでも、飲み友達としてダメ?と聞いたら好きにしろと素っ気なく返ってくる。なんだかんだで情は湧いてるんだか湧いてないんだか、でも他の女の子には怒鳴ってるところを見たけれど怒鳴られたことは無い。
木角くんのタバコの残り香を消すように窓を開ける。いい天気だ。
気温が上がりきる前の夏の朝は好きだ、少しだけ裏道くんに似ている気がするから。
洗濯物を干して紅茶を入れて。適当に買ってきたパンを食べて寝転がる。スマホを手にして何度も電話帳を開いては閉じて、開いては閉じて。
実は、あの日を境に裏道くんとは連絡をとっていなかった。10年経ってもアドレスが変わってなければ私が送るメールは届くはずだ。でも、なんて言えばいいのかわからない。
長く心の中にしまってきた言葉が上手に出てくる気は、しなかった。
「知りませんよ、そんなこと」
熊谷くんに会ったのは数日後のことだった。
裏道くんにまた会いたいと思ったら、どんなメールを送ればいいと思う?と聞いた私に対する返答がこれだ。
あの日から5年経った今、熊谷くんは彼女が出来たりもしたようだけれどパワハラ上司をまた殴ってクビになったのをきっかけに別れたりしたようだ。
再就職が決まったというのはなんとなく知っていたが、裏道くんと職場が同じというのは聞いていなかった。私がじとりと見つめると、熊谷くんは熊谷くんなりに罪悪感があるのか分かりやすく目を逸らす。
「まだ、好きなんですか」
ぽつりと熊谷くんが言った。私は熊谷くんに特大ブーメランでしょ、と返す。熊谷くんは鳩が豆鉄砲を食らったような唖然とした顔をして、天井を仰いだ。あーあ、という声は揺れている。
「割り切っちゃったら強いんだから、ずるいんですよ……おんなのひとって」
熊谷くんは薄く笑って、こちらに向き直る。
「アドレスは変わってないし、裏道さんから浮いた話は聞きません。長続きしなかっただけで彼女はいたかも…ですけど。だから、一言でいいんじゃないですか。素直に、会いたいって」
そう言った熊谷くんが、隣に寄り添ってくれて、メールを送るところを見届けてくれた。
「これで、なにもかも終わりだ」
そう言って、熊谷くんの目から涙が零れる。
ごめんね、と言うことも出来ずに私は彼の涙をただ、指で拭った。