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ひとつの円の裏表(裏道夢)

第4章 あなたは紙の華


「早苗先輩は、紙の華に似てますね」

体育会系で論理的な話し方ばかりする熊谷くんが珍しく例え話をした。私はそれに驚いて落としかけた肉を慌てて箸を持つ手に力を入れてつかみ直す。

「なあに、それ」
「可愛く綺麗に作られていたのに、雨に濡れてぐしゃぐしゃになって、その時の形を残したままの、紙の華です」

男とホテルから出るのを、見たんです。そう言った熊谷くんが、俺を選んではくれないのにと呟いたように聞こえた。何も言えずにいる私を見て熊谷くんはずるい人ですね、と言った。
分かっている。ずっと前から熊谷くんが私に好意的なことは。愚図で鈍感な女じゃない。

「……それでも、足りないものを埋めるだけなら。俺でもいいはずです」
「そうなったら、私の優しい後輩で居られなくなるでしょう」

兎原くんがいない時は、いつもこうやって答えのない知恵の輪を解こうとするように、縺れた糸をほどこうとするように、熊谷くんと会話をする。

「私なんかの何がいいの」
「じゃあ早苗先輩は裏道さんの何がいいんですか」

今まで唯一問わずにいてくれたそれをついに問われて、私は黙り込む。

「顔がいいからですか、筋肉があるからですか、声がいいからですか、優しそうに見えるからですか、キスがうまかったからですか、セックスの相性がよかったからですか。試してもない俺を選ばずにいられるほど、何がよかったんですか」

熊谷くんの血を吐くような言葉に、私は何も返せなかった。そのどれもが正解のようでいて、そのどれもが私の心から程遠かった。
裏道さんも、先輩も、ずるいんですよ。そう言って熊谷くんが珍しく深酒をした。

「俺の好きなものだとわかっていながらたった一度手を出してさっさと捨てた裏道さんも、俺の好意に気付いてながら裏道さんと寝ておいて未だに俺とそんな気もないのにこうやって二人きりでのこのこ会いに来る先輩も、不毛だとわかっているのに脈なんて欠けらも無いのに先輩と会って話をしてる俺も、皆ずるくて不毛で、みっともないんですよ」

酔っ払って呂律は回っていなかったけれど、そう言って私の部屋のベッドの上で熊谷くんは管をまいて、眠りについた。
次の日の朝、おはようと言って味噌汁を差し出した私を見て頭を抱えた熊谷くんは去り際に私の手を握った。
やっぱりその手は裏道くんの手とは違って、握り返すことは出来なかった。
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