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ひとつの円の裏表(裏道夢)

第4章 あなたは紙の華


今はどこで何をしてるんだろう。
あの日の温もりを思い出す度にまた会えればあの日の続きが待っているような気がしてしまうほど夢見がちな自分が嫌になる。
それでもそんな事もあったな、と思えるほどの時間が経っても私の中が満たされたことと私の中から大きな穴が空いたことは両立して存在し続ける。
私と裏道くんは、円同士が重なった図のようにお互いを埋めあって、お互いを損ねあったのだと思う。
私はあの時以上の悦びと愛しさを覚えることはもうない。

「お待たせ早苗」
「そんなに待ってないよ。ホテル行こうか、木角くん」

それでも体は貪欲に性を求めることがあって、残るのは虚しさとあの日の温度を恋しく思うだけと知っているのに。それでも1枚布を剥がされた私の心は寒すぎて。
沢山ピアスを開けてニコニコと胡散臭く微笑む木角くんとは居酒屋で知り合った。バンドマンをしながら居酒屋でバイトをしていた彼がナンパしてきたのだ。
7つ下のハタチで、私はもう27歳になってしまっていた。木角くんが私の寂しさに付け入っているのは分かっていた。
そうやって割り切っている方が安心だと思う私は歪んでいるだろうか。

「キスはダメだよ、木角くん」
「分かってるっての。俺は都合のいい棒、早苗は都合のいい穴……キープの中だと1番手がかからないから楽なんだけどなー」
「それを本人に言う時点で私には本気じゃないでしょ」
「本気になって欲しくないくせに。もう黙ってろ、気持ちよくしてやるから」

肌を重ねても温度は一緒にはならない。終わったあとにさっさとシャワーを浴びてタバコを吸う手は男の手だけれど、あの手ではない。
それだけで意識は冷めていくのに、体は求めて、求めて、求めて。
気持ちよくて求め切って仕方ない感覚に体は浸される。満たされはしないのに。

「……じゃあな」
「うん、気を付けてね。また連絡するね」

朝日が昇る前にホテルを出て、別れる。
その間際、木角くんが私の手首を捕まえる。こんな事は何度も会った中で初めてのことだった。私の掌にキスをひとつ落とした木角くんが、ニヤリと笑う。

「本命と別れるようなことがあれば、選んでやる」

要らない、と笑って返した私にだろうな、馬鹿な女と言って木角くんは踵を返した。何も教えてないのに知ったようにそう言う木角くんの背中が遠くなるのを見つめて、私も家へと足を向けた。
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