第3章 解凍されど再凍結
私の部屋に入って、奥まで進む。綺麗にしていてよかった、と思いながらコートを脱いで、暖房をつける。ハンガーを差し出すと表田くんもコートを脱いでそこにかける。寒空の下で剥き出しだった首が赤い。
少しでも温めようと手を伸ばして首を両手で包むと、キスをねだっていると思われたのか、唇が重なった。
「寒そうだったから、首」
唇が離れてようやく笑いながらそう言うと、表田くんは少し目線を逸らしてそう、と言った。分かりにくいけど照れているらしい。
そのまま私達は縺れるようにベッドに倒れ込んだ。お互いの体温を分け合うように、欠けた部分を埋めるように、慰め合うように。ぴっとりと体をくっつけるとひとつに重なるような感覚が深まる。
表田くんがゆっくりと私の背中を撫でる。私は深く表田くんの胸元に顔を寄せた。
さっきの優しい手とは違う、男の手が私の頭を撫でた。
それがとても心地よくて、私もお返しと言わんばかりに表田くんの形のいい頭に手を伸ばす。
「……いいの、俺で」
「表田くんがいい」
裏道でいい、と呟くように言って表田くんは私の上に覆い被さる。肌が少しでも離れると不安で、でも表田くんの怖いくらいに真剣な目に射抜かれるとたまらなくて。
その日私達は、ひとつになった。
裏道くんは私と繋がった時、泣いていた。
ぽたりぽたりと落ちる涙を拭いてあげたいのに両手は裏道くんに縫い止められていて。
終わってから、肌同士が貼り合わせられた1枚の布のように離れがたくて。二人で裸のまま抱き合って、こんこんと眠った。
うとうととまどろみながら思う。なぜ裏道くんは泣いていたのだろう。
あんなに優しい人がなぜ、どうしてぎこちなく笑い、何かを恐れるような顔をするのだろう。
世界はあの人に優しくなかったのだろうか。だとしたらそれはとても苦しいことだ。
裏道くんの体にぎゅう、と抱きついて深く息をつく。意識はすう、と落ちていった。
「裏道くん……?」
次に目覚めたのは昼前で、起きた時にそこには裏道くんの姿は無かった。机の上にメモが1枚だけ置かれていて。
さようなら、ごめん、ありがとう。
たった一夜を共にして私の前から消えてしまった裏道くんが故障して体操選手を続けられなくなったのだと聞いたのは、随分とあとの事だった。