第1章 溺れた女
『いやぁ、助かりました。何とお礼を言えばいいか。』
私は波に飲まれ海に沈んだ。
私は泳ぐことが出来ないので、海に沈めば助かる道はない。
そんな身体なのに小舟での旅をしていたことが、客観的に見ると頭の悪いことでしかないのだが、私は随分楽観的に考えていた。
そんな最悪な状況起こらないだろうと。
その自信というのも、運良く今まで溺れることなく生きてこれたことによるものだった。
そして、今回も神は私の味方をしたらしい。
溺れていた私を釣り上げてくれるだなんて、奇跡といっても過言ではない。
「大丈夫かい?レディ。」
金髪で顎にヒゲを蓄えた青年が、私に問いかける。
『ええ、優秀な船医さんに助けられました。』
私が小さな船医を見ながらニコリと笑いかけると、彼は恥ずかしそうにクネクネとする。
「う、嬉しくなんかねーぞ、コノヤロー。」
その挙動は明らかに嬉しそうで、なんだか可笑しくてクスリと笑ってしまう。
それにしても、彼はタヌキ・・・?でもツノがある・・・シカ?
一体何なのだろうか。
「何か事情があって、海で溺れていたの?」
オレンジ色の髪をした美人が不思議そうに私に尋ねる。
『いえ・・・元の船が前の島で海賊に盗まれてしまって、小舟で海を漂っていたの。海王類が現れたことによる波で船が転覆して海に沈んだ・・・完全なる私の不注意です。』
本当に申し開きのないほどの失態だ。
しかし、彼らは私の不注意を咎めはしなかった。
「人の船を盗むなんて最低だなぁ。」
「そうだー!許せねぇぞ!」
麦わら帽子の少年と鼻の長い少年が怒りを露わにする。
まさか、赤の他人に起きた災難に対して怒ってくれるとは思わず私は驚いてしまった。
『あの、助けて貰ったばかりで不躾ではあると思うのですがお願いがあるんです。』
彼らが海賊であることは、船や掲げてある帆を見れば一目で分かることだった。
しかし、彼らは善人なのではないかという一縷の望みをかけて私はお願いを口にする。
『次の島まで同行させて頂けませんか?』