第4章 《エルヴィン》堕ちる ※
ガシャン!!
かろうじで手が動き出してドアノブを捻ろうとしたその瞬間、肩を掴まれて反転させられた身体はドアに押し付けられてしまった。
…逃亡失敗だ。
「話を、聞いていたか?」
「っ……」
ドアに叩きつけられた衝撃で瞑った目を恐る恐る開いていくと、そこには自分よりも遥かに背の高い金髪の男。
瞳は透き通るような碧色をしていて、薄ら口角を上げた表情は想像よりもずっと穏やかだ。
自分が想像していた人物像とはかけ離れていて、見た目はかなり紳士的な男に見えた。
危機的状況にも関わらず、頭は呑気なことを考えている。
「大人しくしてれば乱暴はしない。」
顔の横に手を付いて覆い被さるようにし立つ男は、低く落ち着いた声で言い放つと顎に手をかけ、強制的に視線を交えさせた。
「今日からよろしくな…エマ。」
「?!」
頭が整理出来ていないうちにいきなり自分の名前を呼ばれて、エマはまたも体を硬直させた。
なんで名前、知ってるの…
こんな人知り合いじゃないし、名乗った覚えもないのに。
どうして…
エマの思ったことを見透かしたように、男はポケットから学生証を取り出した。
「君の財布から拝借したよ。金を奪ったりはしていないから安心しなさい。一緒に暮らす子の名前くらい覚えて置かなくてはと思ってね。食べる物と金には困らせないからその辺は心配しなくていい。
あぁそれと、“まだ”何もしていないからそんなに怯えないでくれ。」
「え…?」
この人、何を…?
漏れ出た声が震えている。
淡々と話す男を前に、顔からみるみる血の気が引いていくのを感じていた。
これは……悪い夢だ…きっとそう、悪い夢に違いない!
もう一度瞼を閉じて開けたら、私はアパートに居るはず。
祈るような気持ちで目を瞑ったが、直後に首筋に当たる生暖かい温度に驚いて目を開けると、その光景にエマは声にならない悲鳴を上げた。
ベロり、と男が首元に顔を埋め、首筋に舌を這わせていたのだ。
ざらついた部分でねっとりと舐め上げられ、恐怖で身体が震える。
「君を怖がらせるつもりはないんだ。」
男は不敵な笑みを浮かべて、舐め上げた首筋に指を這わしながら呟いた。