第11章 《エルヴィン》黒の彼氏 ※
…笑ってる…?
「エルヴィンさん…?」
視線は逸れ、名前を呼んでも目を見てくれない。見ているのは私の、鎖骨のあたり…?
そして注目すべきはその表情だ。
エルヴィンさんは笑っている。けれどいつもの爽やかさはどこにも見当たらず、それは見たことのないものだった。
口端だけが怪しく吊り上がり、碧く清らかに澄んでいたはずの瞳は獣が獲物を捕らえようとする時のそれにそっくりで。
怪しい笑みを張り付かせ舌舐めずりをする男を見上げたまま、私は固まった。
「える、びんさん…?」
発した声が震えている。怖いと思った。
ほんの数分前までの穏やかで優しい彼はどこ?
今目の前にいるのは一体誰?
「エマ。君が望んだんだ。悪く思うな…」
フッと鼻で笑い、閉じた唇が開かれ見えたのは、異常に発達した犬歯。
“死因は失血死なんだって”
“それまるで吸血鬼じゃん”
ーヴァンパイアー
頭の中にその六文字が浮かんだ瞬間、私は男の腹を蹴りソファから転げ落ちるように逃げた。
うそ、うそうそうそうそ!!ありえない!!
とにかく走った。そんなはずがないと言い聞かせながらも怖くて振り向けなかった。
身に迫る危機を察知した脳は、ひたすら逃げろと警鐘を鳴らし続ける。
廊下を一目散に駆け、玄関の鍵を開けノブを勢いよく回すが、
「や!開かない!なんで?なんで?!」
鍵は開けたはずなのにノブはピクリともしない。
必死になって回そうとするが、ガチャガチャと無機質な金属音が鳴るだけ。
後ろからドアノブを握る右手に大きな手が静かに重なる。
その瞬間背筋は凍りついた。
「どこへ行くんだ?」
「あ…や……」
ゆっくりと振り返る。
変形した耳、唇から飛び出した長い犬歯は神話で語られるヴァンパイアそのものだった。
両手を纏めて壁に押しつけられた。硬い壁と男に挟まれて、私は完全に逃げ道を失ってしまった。