第11章 《エルヴィン》黒の彼氏 ※
「愛してほしいと」
「っ……」
首筋から鎖骨へ指が這う。長い爪が当たるたび背中がゾクリとする。
「“愛してほしい”と言ったのはお前だ。なのになぜ逃げる」
「やっ、いや!こんな…こんなの…違」
「何も違わなくはないさ。お前が俺を選び、愛してほしいと望んだ。だからその願いを叶えてやると言ってるんだ」
「ひっ!」
指でなぞった部分を次は舌が這った。
生温くざらざらしたそれは人間となんら相違ない感触だけれど、気持ちよさなんて皆無で、ただ恐怖に支配されていくだけ。
「大丈夫だ。数日前の学生みたいに殺したりはしない」
「ハァ、ハァ、ハァッ」
自分の呼吸音が煩い。恐怖で胸が苦しい。足がガクガク震えて、少しでも気を抜けば砕けてしまいそうだ。
「恋をする人間の血は極上でね…一気に飲んでしまうのは勿体ない。だから死なせはしないよ。永遠にお前を堪能できるよう少しずつ大事に味わってやるから安心しろ…」
「やめ…て……」
「ククク…随分と自分勝手な言い様だな。散々俺を求めておいて今になって拒絶するなんて」
涙が止まらない。動機も激しくなって、うまく酸素が吸えない。
怖い怖い怖い怖い、助けて、
「たすけ…て、なんでもする…」
私は蚊の鳴くような声で懇願した。藁にもすがる思いだった。
解放してもらえるなら何だってする。
「なんでもする…か?ハハ、愚かなことを。ならばお前の生き血をいただく。何でもするなら、できるだろう?」
「あ…やめ、」
「もう遅い、何もかも。悪いがこれが俺の愛し方だ…二人で、気持ちよくなろう、エマ……」
冷や汗で湿った背中を、震える脚を、溢れ続ける涙をどうすることもできない。
私はただただ迫りくる絶望から少しでも逃がれたくて目を瞑る。そんなこと、もう全く無意味だと分かっていても。
こんなはずじゃ…なかった…
穏やかに微笑むエルヴィンさんの顔が瞼の裏に浮かんでは消え、閉じた目からまた涙が零れた。
「愛してる」
ツプ、と皮膚が裂ける音がした。
fin.
→あとがき