第9章 《リヴァイ》 初めて涙を流した日
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「エマ!」
勢いよく開いたドアと俺の声にエマは目を見開いて驚いていた。
「今日はどうしたの?リヴァイがそんなに慌てるなんて珍しいね」
悪戯に笑うエマに歩み寄るやいなや右手を顔の前に差し出した。
「やっと手に入れた…」
「……これ、まさか…」
クシャクシャになった袋を見つめるエマは戸惑いの色を含んでいた。
だが俺は構わずそれをエマの胸に押し付ける。
「今すぐ飲め。闇医者からだがブツは本物だ。」
「でも…」
「いいから飲め!」
鬼気迫る表情を見てエマは何も言わずにその袋を受け取り、小さな粒を掌に乗せた。
「…リヴァイ、ごめんね。すごく高かったんでしょう…?」
エマに渡したのは彼女の病に効くと言われる治療薬だ。
これを朝昼晩と欠かさず飲み続ければ、病の進行を大幅に遅らせることができるらしい。そして運が良ければ数年先まで生き延び続けられる。
だがそれはもちろん、毎日ずっと飲み続けられればの話。
袋に入っている薬は15粒。たったの5日分しかない。
ただでさえ高価な薬は地下街じゃ法外な値段で売られているのが常だ。
そんな高価なものを手に入れることができる人間など、この地下では僅かひと握り…というかほぼいない。
ここ数ヶ月血眼になって稼いだ金で漸く手にしたのがその15粒だった。
だが何も飲まないよりはマシなはずだ。例えほんの少しでも彼女の命を延ばすために自分に出来ることがあるならば、何だってしてやりたい。
「金なんざ気にするな。それよりそれは1日3回必ず飲め。いいか?無くなるまでちゃんと飲みきれ。」
「うん……ありがとう」
申し訳なさそうに眉を下げて笑うエマに胸が痛んだ。
部屋の隅にあるキャンバスの掛かっていないイーゼルと、空席の丸椅子に目線をやる。
「今日は描いてないのか?」
「うん。本当は描きたいんだけどね。長いこと座ってられなくて、へへ。」
「…そうか」
空になったイーゼルが寂しそうに佇んでいる。
壁に咲く花もこのところあまり増えていない。
薬を飲み終えパタリと横になったエマの手を握り、明日もまた来ると約束した。