第9章 《リヴァイ》 初めて涙を流した日
男の眉間に怪訝そうに皺が寄ったのも気にせず、私は声を上げた。
「あんた…強いんでしょ?なら私の息の根を止めるのなんて容易いはず!今すぐ殺してよ!」
「…何故だ」
射抜くような視線だが声は怖いくらいに静かだ。
普通なら恐怖で何も言えなくなりそうだが、今の私にはもうそんなこと関係なかった。
「私を買うんでしょ?!もう嫌なの!疲れたの!……もうこんな思いして生きたくないの……だから、殺して…」
思っていることを口にすればするほど己の惨めさを痛感し、張った虚勢もどこへやら、後半は弱々しい訴えにしかならなかった。
けれどこれは本心だ。
もう物や奴隷のように扱われる生活には耐えられそうもない。逆に言えば今までよくやってこれた。
「お願い……殺して」
頭(こうべ)を垂れ、縋るような声で懇願するとコツコツと踵を鳴らす音が聞こえる。
その刹那私の視界はぐるりと反転し、ヒュッと空気を切り裂く音と同時に喉元に鋭利な先端が触れた。
「……っ」
男は私に馬乗りになり喉にナイフを突き立てていた。
刃物を持つ右手は少しも震えていない。
氷のように冷たい視線が至近距離で突き刺さる。
「後悔はしねぇんだな…?」
男はやはり落ち着いた声で問う。
「てめぇの言う通り俺が少し力を加えるだけで、てめぇは少しも苦しむことなくあの世へ行けるだろう。あぁ、これまでの行いによっちゃあ地獄へ行くことになるかもしれんがな。」
「…いい」
「あ?」
「…地獄でも、いい」
なんなら今までだって地獄だ。
死後の世界なんて意識があるかも分からないんだ、それこそどこへ行こうとどうだっていい。
この現実から解き放たれるのなら、後は何だっていい。
「そうか…」
カチャ、とナイフが握り直される音。私は固く瞳を閉じた。
父親は知らない。母親には邪険にされ、10歳で捨てられてからずっと一人で生きてきた。
ふかふかのベッドで眠ることも、暖かい食事も、親の…人の温もりさえも知らないままただ生きた10数年。
これで終わる
辛いことばかりの人生とさよならできるんだ…
「……おい」
……あ、れ
「おい。」
嬉しいはずなのに、どうして、
「っ……ふっ…う……」
「……………」