第9章 《リヴァイ》 初めて涙を流した日
「ぇっ…」
聞こえたのは、聞いたことがないほど情けない自分の声。
突如耳をつんざいた激しい打撃音に恐る恐る目を開けると、鞭を振りかざしていたはずの大男はいなくて、代わりにそれより一回りも二回りも小さな男が佇んでいた。
チラリとこちらを見た瞳は氷のように冷え切っていて、私は恐怖で身を縮こまらせた。
「逃げろ」
「…え?」
男はそっぽを向きながら落ち着いた声で言い放つ。
今 なんて…?
「チッこのグズが!さっさと逃げろっつってんだろうが!」
「っ…」
「くっ……んの野郎……」
ガラガラと瓦礫が崩れる音の方から聞き覚えのある声が聞こえる。
咄嗟にそちらを見やると崩れかかった壁に体を埋めた大男が頭を抑えながら睨みつけていた。
「おい、立て!ずらかるぞ!」
その瞬間 小柄な男に物凄い力で腕を引っ張られ無理やり立たされたと思ったら体は宙に浮き、風を切った。
私は咄嗟に男の服を掴んだ。でなければ急激にかかる遠心力に振り落とされてしまいそうだったからだ。
あっという間に自分のいた“家”が眼下に見える。
空…飛んでるの…?
必死にしがみつきながら上を見ると、男は無言でただ前だけを見ていた。
だいぶ行った先で漸く私の足は地に着いたが、情けないことに足には全く力が入らずペタリと尻もちをついてしまった。
私を抱えてここまで連れてきた男は背を向け、何やら腰につけた装置の具合を見ているようだった。
どうして私を…
と考え始めてすぐに思い浮かんだのは過去の記憶。
あぁ、そういうことか。
今度はこの男に買われるのか。
ここでは強い奴だけが生き残れる。
あの大男は戦いに負けた。弱者が強者に敗北したのだ。
「……ろして…」
男がゆっくりと振り返る。
私はあやふやに言った言葉を、今度ははっきりと声にした。
「殺して…私を」
冷たい瞳が 眼光を鋭く光らせた。