第9章 《リヴァイ》 初めて涙を流した日
壁一面を埋め尽くすように咲く色とりどりの花々。
それらは全てエマが描いたものだ。
暗い地下にまるで太陽が降り注ぐように、この部屋はエマの描いた花たちで眩しいほどに明るい。
俺は生まれてこの方一度も地上へ上がったことはない。
もちろん太陽が存在しないこの場所では花も木も草も生きることはできないから、その姿も一度も目にしたことはない。
だがエマの描くそれは色鮮やかで美しく生命力に満ち溢れていて、絵なのに本当にそこに咲いているかのようだった。
不思議とこの部屋に来ると自身の心はなんとも言えない温かさと安堵感に包まれる。
薄汚れた空気が漂うこの腐った地で、ここは俺にとって唯一心が休まる場所になっていたのだ。
「私ね、夢があるの。」
視界のあちこちで咲く花々を眺めていると、弾んだ声が聞こえた。
「夢?」
「うん。いつか、このサクラを見に行きたい。」
キャンバスをなぞる細い指先。その先にはサクラの花びらのように淡く優しい色を纏った微笑み。
その顔を見て俺の胸は切なく締め付けられた。
「…行くぞ、必ず。だから…」
その先に詰まる。
続く言葉を発した途端 突きつけられる現実に、自分が耐えられなくなりそうで。
だが太陽のように明るい笑顔はそんな俺の心をそっと包み込んだ。
「大丈夫。生きるよ、絶対。」
この笑顔に どんな表情を返してやれただろうか。
締め付けられる心が苦しくて息苦しささえ感じてしまいそうだ。
感情を悟られないようなるべくいつも通りに返事をするが、ちゃんとできたかは分からない。
だがエマは笑顔を崩さず“ありがとう”と頷いてくれた。
俺は気付いていた。
色鉛筆を持つその腕が日に日に痩せていくのを。
まともに食べられないからではない。
質は良いとは言えないが毎日食料は届けてやれている。
エマは不治の病にかかっていたのだ。
そしてその命には期限がある。