第8章 《エルヴィン》堕ちる2 ※
口篭るエマを数秒見つめたあと、エルヴィンの身体が浮く。
「待って…!」
気がつけば離れかけたその腕を掴んでいた。
「私はどこにも行かないよ。ただ約束通り、これからどうしたいかは君の選択に委ねる。」
いつも通りの微笑み。
胡散臭い、気色悪いと思っていたのに今はその笑顔に胸がきゅうと締め付けられる。
離れていく温もりが寂しい。
行かないで欲しい。
行かないで、私の傍から離れないで一
「…ずるいです」
弱々しい声がして、エルヴィンは横目でエマを見た。
唇をわなわな震わせ感情を必死に抑えているようなエマ。
エルヴィンは黙って次の言葉を待つ。
「…誘拐までして…あれだけ、強引にでも物にするような言い方をしてたのに……最後は、私の好きにしていい、なんて…」
「逃げたければ逃げてもいいと言っているんだ、私のことは気にする必要ない。」
「っ…それがずるいって言ってるんです…!」
語気を強めたエマにエルヴィンは押し黙る。
でもすぐに今度は泣きそうな顔になって、また弱々しく呟いた。
「私をこんな風にしたのは…あなたの責任です。最後まで責任、取ってください…」
「…責任とは…私はどうすればいい?」
泣きそうなエマに優しく問いかけるエルヴィン。
薄く弧を描く唇を見て、自分はきっとまんまとこの人の罠に嵌ったんだと頭の隅で思った。
ベッドがギシッと音を立てる。
縁に座るエルヴィンに口付けたのはエマだった。
「!!」
「………っ、」
震える唇を押し当てて、それを離すと同時にポロポロこぼれ落ちる涙。
……こんなはずじゃなかった…
この人とは今日でさよならで、明日には家に帰るつもりだったのに。
エルヴィンから離れたくない。
全身から溢れる苦しいほどのこの思いが、ついにエマを突き動かしたのだった。