第8章 親睦会
「吉良が戻って来たら送っていけるぜ?雛森がこんなんだからよ…」
そろそろ帰ると告げると、飲み過ぎた雛森の介抱をしていた恋次がそう申し出てくれる。一人で大丈夫だと断って萌は乱菊に挨拶に行った。
「乱菊さん、今日は楽しかったです。ありがとうございました。」
「あら礼儀正しいのねぇ。また遊びましょうね~、声掛けるわ」
そのまま会場を去ろうとしたが、修兵がこちらに気付き心配そうな表情を見せた。
「帰んの?大丈夫か?」
しかしまだ宴は残りの数名で続きそうな雰囲気だ。グラスやお猪口を運ぶ修兵の背中を隣で乱菊がばしばし叩いている。
「修兵~お酒持ってきて~」
「いてッ、まだ飲むんスか」
二人の邪魔をしないようこっそり部屋を出て、ふぅと軽くひと息つき萌は隊舎の廊下を進む。
会場の喧騒が少しずつ遠のくと、打って変わって廊下はしんと静かだった。そこへ幾らも歩かないうちに後ろから声が掛けられる。
「送っていこうか?」
振り返ると、先程乱菊に呼ばれていたはずの修兵がいた。
「頻繁には飲まないんだろ?思った以上に酔ってるかもしれねえし」
修兵の姿を見た途端胸がいっぱいになり、萌は喋れずにただ首を横に振った。
あとを追ってきてくれたことが嬉しかった。でもすぐに先程までの彼らの仲の良い場面を思い出してしまう。実際そのやり取りを目の当たりにしたことがショックだったのかもしれない。
「頭振るなよ、酔いが回るって」
黙り込んだままの萌を不思議に思ったのだろう、修兵は様子を伺うように近付いてきた。
「…どした?」
「大丈夫です……早く戻ってあげてください」
不意に落ちる沈黙。それが何故か恐ろしく感じられて、胸が急速にざわつき始める。
すると修兵は静かに腕を伸ばし萌の行く先を遮ってきた。
「あのさ…」
低く短い言葉の続きが怖いと感じた。空気が張り詰める。
「それって、どういう意味?」
修兵の口調は穏やかだったが、萌は先程の自分の言葉を後悔する以外に何も考えられなかった。醜い嫉妬、その腹いせじみた発言だと知られれば嫌われるかもしれない。