第10章 止められなかった
『あの人が来てからだよ、お母さんが帰って来なくなったの。その前までは毎日帰って来てくれたのに。
でもお母さんが帰ってきても2人ともケンカばっかりだったから、帰ってきてくれても嬉しくなかった。それからはお互い目もくれなかったよ。
あの頃に戻りたい。それが出来たら、もっと違った生き方をしたい』
こんなの言い訳だ。私にも悪いところあるのに。
『…でも私最低なの。最初は嫌だって思ってたのに、後からは気持ちいい、って思ってた。嫌だって言っておきながら、私は…』
はじめて話したあの時みたいに言葉が出てくる。昔を思い出すように。
私は無意識にスカーフを触っていた。
『あ、敦さん…?どうして泣いて……』
気づけば敦さんは涙を流していた。
「ご、ごめん。気にしないで」
敦さんはそう言って慌てて涙を袖で拭く。
「嬉しいんだ、ちゃんが話してくれて。辛い事だったかもしれないけど、ちゃんのことが知れたから」
『そう、ですか…』
ぽつりと小さな声で呟いた。
『…私も嬉しいです。こんなこと誰にも話せなかった。相談できなかったから。多分誰かに話しても聞いてくれなかった。前もだったけど、敦さんが話を聞いてくれて…嬉しいです』
「その、もし僕に何か──」
私に話しかけたタイミングで、敦さんの携帯電話が鳴った。
敦さんはズボンのポケットから携帯電話を取り出した。
「国木田さんからだ」
ディスプレイを見てそう言った。敦さんは直ぐに電話に出た。