第2章 2
野菜と魚の下処理がおわり、次は衣をつけていく。
溶き卵と薄力粉はお嬢様が用意した。
衣の食感を出すため、薄力粉には綿棒でつぶしたコーンフレークを混ぜてある。
手際よく衣をつけていた川島のうしろから、いきなりお嬢様が抱きついてきた。
「川島~。こっち向いて抱きしめて」
川島の両手はふさがっていて使えない。
それを知っていてわざと言っているのだった。
「ねー、わたしのこと愛してないの?」
「愛してるに決まっているでしょう。まったく、もう。さっきの仕返しのつもりですか」
「そう。悪い?」
背中にぴたりとくっついて、誘うような動きでお嬢様が川島の身体に手を這わせる。
「っ……意地悪です……オレのお嬢様は」
「川島がちゃんと手伝わせてくれないせい」
ほらほら、抱きしめられないの?と川島の背中に、お嬢様がさらに身体を押しつけた。
柔らかい胸の感触を背中に感じながら川島は言った。
「今は抱きしめられませんが、キスはできます。お嬢様、わたしの隣にいらしてください」
素直に従ったお嬢様が川島の顔を見て噴きだした。
「イヤーなにそれ!」
「なにってチューですよ、チュー」
お嬢様の方へ首を突きだして、タコのような形に唇を尖らせた川島が「さ、お早く」と言いながら目を閉じていた。
「タコチューなんてヤダぁ」
「なぜですか。ほら、お嬢様、キスしてください」
しぶしぶといった様子でお嬢様も唇をタコの口にして、川島の唇を軽くつついた。
「もういい。川島のバカ」
可愛らしい不満顔を横目にしながら衣をつけおえると、川島は一度キッチン周りを整え、揚げの準備に入った。
すると鉄フライパンの前を、すでにお嬢様が陣取っていた。まさか、揚げものを担当しようというのだろうか。
食材を入れて待つだけだから、任せてもらえると踏んでいる?
甘い。
油が跳ねて手に飛んだらどうするのか。
油染みができてしまう。
「少し端の方に寄ってくださいますか、お嬢様」
これもダメなの?といったふうにお嬢様が目を見開いた。と思ったやいなや、無言ですたすたとキッチンを出ていってしまった。