第2章 2
お嬢様がついに不満をもらした。
「さっきからダメダメってなんなの?どうして手伝わせてくれないの?わたしがしたことって冷蔵庫から食材出しただけだよ」
川島にとっては、もうそれで充分なつもりだったのだが、お嬢様には違ったようだ。
お嬢様の手を両手でそっと握り胸元へ持ってくる。
傷やシミひとつない、絹のようにすべすべな白い手。
それもそのはずだ。
川島はお嬢様から、いくら自分でできるからと言われても、家事や炊事を一切させない。
だからこの手は荒れようがない。
お嬢様の美しい手指はオレが守らなくては。
目線を合わせ、小さい子に言い聞かせるように言う。
「この手はピアノを弾く手なのですから、万一指でも切ったら大変です。危ないことはさせられません」
「でも、川島が来るまえはメイドさんのお手伝いもしてたし、わたしだって家事や炊事の一通りはできるの。それは知ってるでしょ?」
「ええ、存じていますよ。お嬢様が、ただ人にしてもらうばかりのお嬢様ではないことは」
「じゃあ、せめて洗い物だけでも――」
「いいえ。水仕事も手が荒れてしまうのでわたしがやります。お嬢様が水を使うのは、洗顔とご入浴とお花を活けるときだけでいいんです」
はあ?といった顔をしたあと、お嬢様の口から呆れたような笑いがもれた。
「前から過保護だとは思ってたけど、それは異常すぎない?」
異常だろうがなんだろうが関係なかった。
オレの髪を撫でるお嬢様のこの手は、絶対に傷つけさせない。だってオレのものだから。
川島は、めずらしく頑なまでにお嬢様の要求を跳ねのけた。
「お嬢様はわたしを手伝ってくださるんですよね?」
「うん、そうだよ」
「でしたらこの場では、わたしがお手伝いしてほしいことだけ、なさってください。それが一番助かりますから」
わたしがお手伝いしてほしいことだけ。
狡(ずる)い言い方だと自分でも思ったが、お嬢様はしぶしぶ納得したようだった。
不満げな横顔も可愛らしい。
川島は、わかったと言いながらも尖らせたお嬢様の唇にキスしたくなったが、威厳を保つためこらえた。