第1章 1
背が高いので傘を持つ腕が少し疲れる。
「お嬢様、わたしのことはいいですから……」
「傘、放ってまで来ることないのに。車に当たって傷でもついたらどうするの」
川島が、あっという顔をしてトランクに荷物をいれ、あわてた様子で車体をチェックに回る。
「大丈夫のようです」
お気に入りのオモチャが無事で安心した子どものような笑顔で、川島が運転席に乗り込んでくる。
やっぱり車がすきなんだと微笑ましくなったお嬢様は、いつものように助手席からその横顔を眺めていた。
川島は初めのころは恥ずかしそうにして「そんなにまじまじと見ないでください」と照れていた。
けれど今では慣れたのか「そんなに見つめてるとキスしますよ」なんて軽口を叩いてくる。
どちらの川島も可愛くてすきだな、とお嬢様は思った。
ドライブ中では信号待ちになると川島がお嬢様を見つめ、運転中はお嬢様が川島を見つめるという、おかしな構図がいつのまにか出来あがっていた。
お嬢様は運転をする川島の、どこがすきなのか考えてみた。ハンドルにかける手もセクシーですきだし、周りの安全確認をする動作も真剣ですきだ。
でもなによりすきなのは、まっすぐ前を見つめる目と横顔だった。
その目が、ふいにこちらに動いた。
信号は赤になっていて、川島がキスしたそうな顔で見てくる。
「だからそういう目で見てこないでよ……変態」
冗談めかしていうと、本気でショックを受けたといった顔をしたあと、フッと笑いながらまた前を向いた。
ふたりだけの狭い空間で川島の穏やかな愛を感じられるから、お嬢様も車に乗るのがすきになった。
それまでは、車の移動は単なる交通手段のひとつに過ぎなかったのだ。
運転で疲れさせるのは悪いと思うけれど、ハンドルを握っている姿を見たいがために、いつもお嬢様の方からドライブに連れて行ってとせがんでしまう。
もちろん川島はイヤな顔などひとつも見せない。
ただキス魔なので赤信号で停車するたびに、お嬢様は川島から狙われることになる。