第1章 1
雨はずっと、しとしと降りつづけていた。
雨粒がフロントガラスを滑ると同時に、川島の端正な顔にも影となり落ちていった。
その一瞬の美しさに見惚れながら、お嬢様はあることを思いついた。
「ねえ、家につくまで私がギアチェンジやってあげる」
当然の申し出に川島が驚いている。
お邸(やしき)の車は客人を乗せることも多いため、走り心地より乗り心地を追求した国産のオートマだった。
けれど川島の車は、ほとんどがマニュアルだ。
以前、理由を尋ねたことがある。
オートマは自分で車を動かしている気にならない、と……要するにつまらないらしい。
「わかりました。では少し練習をしましょう」
川島が車を路肩に寄せ、ハザードをつけた。
お嬢様にシフトレバーを握るよう促す。
その上から川島が手を重ねた。
ハザードの点滅に合わせて、お嬢様の胸もドキドキと高鳴りを繰り返した。
「わたしが一速、とお願いしたらこの位置です」
指示のとおり次々にギアチェンジをしていった。
川島の大きくて骨ばった手が、お嬢様の手をすっぽり隠している。
ギアを変えるたびに上から力強く握られて、お嬢様は真面目くさった川島の説明も、どこかうわの空になってしまった。
「とにかく、数字の書いてある位置に動かしてくだされば……。わたしが補助しますから大丈夫ですよ」
川島が手を離した。
淋しい気持ちを覚えつつ、お嬢様はうなずいた。それから指示通りにしながら、お邸までの道のりを走った。
自分はただシフトレバーに手を置いていただけで、ほとんどは川島が動かしていたようなものだ。
それでも、川島がいつもこんな風に運転しているんだと思うと、なんだか楽しかった。
「お上手です」
ほとんど何もしていないのに、川島がちらりと顔を向け褒めてきた。
やさしい笑顔に、お嬢様はまたドキドキした。