第12章 『すき』『きらい』
「………ぃ」
なんだっけ。
聞き覚えのある声。
「………」
聞こえない。
なんて言った?
「………來!!」
真っ暗な闇の中に見えた一筋の光。
逃さないように手を伸ばした、瞬間。
「だいじょぶか、お前」
「ぇ」
伸ばした先に触れたのは、よく知る人の頬っぺたで。
一筋の光だと思って必死に伸ばしたものの正体は、蛍光灯。
「ぁ、れ、斗真?」
「まだボケてんの、お前」
怪訝そうに表情を歪める斗真へとゆっくりと視線を向ければ。
そこは見慣れた、箱の中。
「な、んで、ここ?」
ゆっくりと上体を起こそうと両手に力を入れた途端に感じた左腕の鈍い痛み。
視線を向ければ、そこは細長いチューブで黄色い液体の入ったパックと繋がっていて。
「お前さ、大荷物持ってどこ行くの」
「荷物……」
「んで、雨ん中ぶっ倒れて。わざわざここに運ばれて来たのは、わざと?」
「ぇ……」
険しい顔の、斗真の鋭い視線。
いたたまれなくなって、視線を外す。
「何してんの」
「ごめんなさい」
「答えになってねーよ」
「………」
深く椅子に腰掛けながら腕を組む斗真の姿が視界の隅っこにうつりこむと。
それすらも怖くて顔を背けた。
「來」
「ごめんなさい」
「だから、答えになってねぇってば」
「……」
「新しい家、探しに行こうかなって」
「はぁ?こんな真っ暗な中?お前バカ?ってか新しい家ってなんだよ。出てっていいなんて誰が言ったわけ」
「………」
「來」
視線も顔も背けたまま無言を通せば。
面倒くさそうに苛立ちのこもったため息が、聞こえて。
ついでに椅子の軋む音。
咄嗟に叩かれるかも、なんて考えがよぎって身構える、けど。
感じたのはふわ、っとした腕の中。
「?」
一瞬状況が理解出来なくて。
閉じていた両目を開ければ。
視界は、両目開いたはずなのに何故か真っ暗なままで。
鼻を霞めるのは斗真の匂いに混じって感じる消毒の匂い。
「悪かったよ」