第10章 すれ違い
あいり。
そう、呼んだんだ。
確かに。
『ライちゃん』
透はあたしをそう、呼ぶ。
『ライ』、って、呼ぶ時がどんな時なのか、知ってるから。
だけど確かに呼んだ。
あいり。
「ライちゃん」
不意に右肩へと置かれた掌。
考え事をしていたせいか、それは大袈裟な反応を生んだ。
「あ……」
「ごめん、びっくりさせちゃった?」
びっくり、したことにはもちろん、変わりないんだけど。
だけど違う。
あたし、違う。
「斗真なら大丈夫だよ」
「……うん」
違う。
目の前には、手術が終わったばかりの斗真。
その体には何本かのチューブが繋がっていて。
お腹のあたりから出てる2本のチューブのうち1本が繋がっているパックの中身は真っ赤とは言わなくても血の色だ。
まだ寝ているはずなのに、時々痛みに歪む表情や、手術後の独特な匂い。
そのどれもが、まるで斗真の生気を奪っていくように錯覚してしまいそうに、なるのに。
斗真の掌を握りしめながらあたし、何考えてた?
ピ、ピ、ピ、ピ
鳴り響く規則的な機械音。
充満する消毒と、傷口から流れ出た血液の、匂い。
「ライちゃん」
丸椅子に腰掛けて、斗真の掌を握りしめるあたしを。
少しだけ屈んで、透が抱き締めた。
「…………」
目の前にある透の腕が、震えてる。
知らず伸ばした先に触れた肩は、同じくように震えてる。
「透……」
平気なはず、ない。
こんなの、透が平気なはずないじゃん。
あたし、最低。
こんなときに何、考えたりしてんの。
「透」
肩へと頭を沈める透の頭へと手を伸ばし。
そのままいつもふたりがしてくれるように、静かに、優しく、撫で上げた。
「!?」
けど。
感じたのは服の上から肌を咬むゾクリとする、感覚。
「肩、見せてライ」