第9章 肉を切らせて骨を断つ
わたしはぽかんと口を開いていた。
「だから、こうなってこう、こういう風に反応する訳です、従って質量が変化しますから、後は公式に当てはめるだけです」
サヘルくんのしていた教材を見て、これどう解くの?と言ったのが運の尽き。
高等な問題をすらすらと解説し始めた。
授業なんて記憶に殆ど残っていないし、それも恐らく遥かに上を行っている内容のオンパレード。
右から左へと抜けていく。
「それで……」
次の問題を指し示したところで、強引に口を挟んだ。
「あ、あはは!サヘルくん頭いいんだね〜!」
大袈裟に褒めると、サヘルくんは照れ臭そうにはにかんだ。
その様子を興味なさげに見ていた時雨先生。
わたし達の方に身体を向け、呟いた。
「それにしても……サヘル、お前最近学校休んでないな」
きょとんと小首を傾げるサヘルくん。
確かに、最近サヘルくんは連日朝から元気に登校している。
保健室にサヘルくんがいるのも、今や日常風景だ。
わたしも笑顔で頷く。
「そうですねえ、なんだか最初に会った時よりもいきいきしてますし」
サヘルくんはわたしの言葉にぽっと頬を赤らめた。
もじもじとし、
「紗都せんせいに、会いたいから……」
恥ずかしそうにはにかんだ。
うっとりとわたしを見るサヘルくんに言葉に詰まる。
どうしてこんなわたしを慕ってくれるのか、全くもって理解できない。
生徒に手を出した、それもかなり異色の性行為なのに。
作り笑いを浮かべていると、時雨先生が咳払いをした。
ハッと見ると、何か言いたげに含み笑いをしている。
わたしはきっと睨んだ。
「……先生?」
「はっ、はい!」
「この問題なんですけど、これは一見難しそうに見えますが――」
訥々と問題解説を再開するサヘルくん。
勘弁してと思いながらも。
こういうのってやっぱりいいな、なんて。
穏やかに時間が過ぎていった。