第6章 魚心あれば水心
「誰も使ってなくて良かったねえ」
サヘルくんの様子をちらりと見る。
椅子に縮こまって座り、表情も暗い。
サヘルくんが口を開き、ぽつりぽつりと語る。
「さっきはすみませんでした、ぼくの忘れ物を届けに来てくれたのに逃げたり、泣いちゃったり、してっ」
ぐすっと啜ったのでわたしは慌ててフォローする。
「大丈夫だよ、ちょっとびっくりしちゃったんだよね」
サヘルくんはこくんと頷き、俯く。
暗い面持ちで押し黙っている。
わたしは覚悟を決め、サヘルくんを見据える。
「あの、ね……言いたくなかったら、無理して言わなくてもいいんだけど……」
「…………」
「女子トイレ、から……出てきた、よね……」
サヘルくんの肩がビクッと動く。
縮こまった背が更に丸まり、消え失せそうに小さくなる。
「それ、は……」
「やっぱりサヘルく、じゃなくてサヘルちゃん、なのッ!?」
「えッ」
サヘルくんは目を丸くした。
わたしは緊張感から饒舌に喋る。
「い、いいの!何か事情があるのよね!わたしも告げ口しようなんて気は無いの、でもやっぱり男子校に女子生徒が入学っていうのは色々課題があるっていうか、真摯に対応したいと思っているというか、一応養護教諭と言えどもやっぱり学園の一職員だから無視できない立場で」
茫然とわたしの言葉を聞いていたサヘルくんは、途中でハッとした顔になった。
「ちがいますッ!」
「えッ」
サヘルくんはブンブンと首を横に振る。
顔を真っ赤にし断言した。
「ぼくは男子です、正真正銘の!」
わたしはぽけっとした顔で、
「え、あ、そうなの?じゃあなんで……」
瞬間的に思ったことを呟いた。