第16章 犬馬の心
一ノ瀬、と書かれた表札。
そこにペンで記された家族の名前。
そのどれもが経年劣化で掠れている。
その中から、一ノ瀬サヘルと書かれた部分をなぞった。
玄関のドアを開け、
「……ただいま」
狭い玄関で靴を脱ぐ。
履き古された小さな子供靴、汚い運動靴、安物のサンダル、偽物のブランドシューズ。
「…………」
ぼくは乱雑に散らばった履物たちを並べる。
ひときわ異彩を放つド派手なピンヒールからは目を背けて、ぼく……兄弟の部屋に向かう。
襖のしまった奥の部屋から母親の寝息がして、少しだけ嫌な気持ちになった。
✱
日課の寝る前の勉強を終え、
「ん……」
両腕を上に伸びをする。
目頭を揉んで布団に寝転んだ。
気が付けば随分長い間勉強してみたいだ。
疲労感がぼくを包む。
勉強が好きって言う訳じゃない。
でも冴舞学園はただでさえレベルの高い学校だし、ついて行くためには仕方ない。
それにぼくは特待生だから、絶対に成績を維持しないといけないし……。
色んな現実のことを考えていると、鬱屈としてくる。
古い天井を見つめた。