第7章 七夜
宿に着いて仲居さんに心付けを渡し、案内された部屋は一室。トビさんはドアを開くと、足で止めて中に入るよう促した。
「えっ?!一緒なんですか?!」
「ホラ、祭りだからいっぱい観光客が来てるでしょ?だからさすがに二部屋は取れなかったんスよね!」
「スよね!じゃなくて…っ!」
「ヘヘ、すんませんッス」
ひとつも悪びれていない。呆れてため息をついて、催促されるがままに部屋に足を踏み入れた。トビさんはコートを脱ぎ捨てると、奥の窓を開けてサッシに腰掛け、半身を外に放り出した。
畳を濡らさないように外套を衣紋掛けにかけ、襖によりかかってへたり込むと、足にどっと疲れが襲った。ちょっとはしゃぎすぎたかな、とふくらはぎを揉んだ。次第に心地よくなってきた鎖羅はうたた寝をし始める。
目を覚ました時には、部屋は外の提灯の灯火が微かに差し込んであらゆるものは橙にぼうっと光を受けていた。遠くの方で聞こえる祭囃子も相まって、違う世界に来てしまったかのような感覚に陥る。鎖羅は気味の悪い恐怖を感じながら起き上がり、闇の中にトビを探した。
「……トビさん」
しかし返事はない。
「ト、トビさんっ」
不安に駆られ、微動だにしないトビに擦り寄った。小さく寝息が聞こえる。トントン、と腕を叩いた。黒いインナーに包まれた筋肉はその凹凸が光で目立っている。しかし起きることはない。
鎖羅はトビの右手に目をやる。恐る恐る手を伸ばし、指を組んだ。あんなにあたたかかった左手とは違って人肌の温もりは何も感じない。身体が冷えてしまっているのかもしれない。
体温を移すかのように組んだ指をさらに深く絡ませて手を握った。自分より大きい手。まるで父のようだった。
(お父さん……)
もう二度と味わうことは出来ない感触を必死に掴むように、鎖羅は繋いだ手を持ち上げて頭に置く。ずっしりとした重みと共に、全てを包んでしまいそうなその大きさはやはり父のものと似通っていた。そう思ってしまえば、置いた手に頭を擦り寄せることを止められなかった。