第1章 薄暮
悲しみを通り越した絶望を余すところなく感じる。今日の朝まで元気だったお母さんは、里を守って死んだ。あの大きな手で、私の成長を1番喜んでくれたお父さんは、敵に殺された。
お父さんとお母さんのところに行きたい。
ウズメの言葉が頭の中で反芻する。
当主もいなくなった今や、私が里を守るしかない。私しかいない。一族を、民を、里を、私を守れるのは──────
「私だけだ。」
1発、頬を殴る。
地響きが酷くなってきた。
母の腕を掴み、死後硬直になる前にと歯を立てる。
涙を流しながら、ひとくち、ふたくち、嗚咽を漏らしながら、どの肉も、どの骨も、残すところなく。
「鎖羅」
「またチャクラの分量を誤りましたね?鎖羅。フフ、……まったく、ケガばかりして」
「鎖羅……、私達のだいじなだいじな子………」
「愛してるわ、鎖羅……」
「おかあさん、おかあさん……ッ、うわああああぁぁあっ!!」
腹にかぶりつく。
母の白い肌と装束は次第に血にまみれ、臓物ひとつを食べるほどに身体に力がみなぎってくる。
心臓に手をかけ、血管をクナイで切る。
拳一つほどに縮んだ心臓、先程まで脈打っていた赤子。
弾力のある心室を喉に詰まらせないように噛みちぎって飲み込む。他の臓物と違い吐き出したいくらいのひどい鉄の味がする。
気づけば母のはらわたは全て空っぽになっていた。
禁術の巻物を開く。
解読の難解な続け文字で2文、記されたあとには
術を発動するための印が記されている。
禁術は、邯鄲の夢の四つめの能力、甦(ソ)。
“無情ナルコノ世ノ定メサヘモウチカヘス。ソレハ死カラ天ノオ怒リニ至ルマデ。術者ノ力量ニヨリケリ。”
巻物をまとめてリュックの中に詰める。
母の瞼を閉じ、上着を被せた。
弔いのために、里を守る。
静かな怒りをたたえて地下室から出た。