第1章 薄暮
「お母さん!」
「鎖羅!ウズメ!」
母はいつもの巫女服のまま本殿の整理をしていた。父の危篤を聞いたのか、目は赤く腫れている。
「ウズメ、呼んできて下さりありがとうございます。立て続けで申し訳ないのですが、民たちの避難誘導を先導しなさい」
「当主様、私は当主様をお守りする役職でございます!避難誘導は全忍たちに任せました、どうかお傍に……!」
「ウズメ、民の避難が優先です。」
「ッ………ご武運を。」
ウズメが去ったのを見ると、お母さんは外へ出てひらりと軽やかに本殿の屋根の最上部、宝珠の上に飛び乗った。
後を追って拙い足取りで屋根に登る。里を見渡せば生活光は全て消え、異様な暗さが漂っていた。
「今から里に結界を張ります。その間少し話でもしましょうか……。」
長い印を結び終え手を広げると、軽い衝撃波の後に母を中心に稲妻の様な痺れを含んだ膜が里の外へと広がっていった。
「……鎖羅は、一族の繁栄を願いますか?」
「え、ッ……、あ、当たり前だよ!」
「そうですか……」
母から広がる膜は依然止まらない。
「私達の一族は栄華を極め、今や里も築き上げて数多の術を大成させることが出来ました……
ですが、所詮邯鄲の夢にすぎません。」
母はふわりと儚く微笑む。
────川の流れは里を囲う壁にぶつかり、幾つにも生まれた泡沫はたちまち弾けてしまうように
忍の世はつわもの達が見るただ一瞬の夢に過ぎない。
「ッ、ハァ、ハァ…ッ」
「お母さん!」
結界を張り終えると、人形を操る糸が切れたようにお母さんは崩れる。急いで肩を支えると、尋常ではない量の汗を流していた。
「ど、どうして……」
「この、術は……ッ、術者生命力そのものを触媒とします……、鎖羅!今すぐ私を地下室へ!」
地下室とは、禁術が管理されている神聖な場所。
母を抱き抱えると、里の門の方向で結界が光った。
「お母さん!敵が!」
「早く!!」
いつも以上に特に丁寧にチャクラを足に集中させて屋根から降りる。本殿を取り囲む森のずっと奥に、地下室へのハッチがある。
フラフラと木の太い枝を飛び越えていく。腕の中の母は次第に髪の色が抜けて体は細くなっていった。