第5章 五夜
ぼうっとした暖色の灯篭が導くのは、どこか異国風の雰囲気を漂わせる宿。
気づけばぱたりと雨は止み、夕陽が沈んでいる。
宿へ入る前に、赤雲の外套を裏返して頭に被せる。生憎笠は腐食防止のため持ってきていないので、心許ないがこれで顔が割れることは防げるだろう。
適当な偽名を書き、二人分の部屋を借りる。かなりの老舗なのか、受付は一人の老婆が担当していた。
「じゃ、朝方そっち行きますんで!」
腰に巻いた外套を腕にかけたトビさんは手を振ると部屋の中へ入っていく。それを見送って、私も重みのあるドアを開けて部屋に入る。
全て漆喰で建ててあった里の民家とは違って、畳だったり障子があったり、雰囲気は唯一の木造建築物だった本殿に似ている。
広縁は森に面していて、眩しい夕陽が差し込んでくる。窓を開けて窓枠に外套を掛け、吹き込むぬるい風に目を細めた。久しぶりに安らぎを得たような気分だ。
リュックから本と筆記用具を取り出す。
数ページ捲り、白紙のページを開いて筆を走らせていく。毎日欠かさず記している邯鄲の夢。もはやこの行為が意味を成すのかは分からない。
今日の分を書き終え、浴衣と手ぬぐいを持って大浴場へ向かう。隣の部屋のドアが開閉されたような音はしない。