第1章 薄暮
「弥彦、調子はどう」
雨隠れの里の外、戦時中にガマとして使われていた場所を整地した大きな洞窟の中に小南とペインはいた。
「その名は捨てた。痛みを分かつべく、俺自身が痛みとなる。────ペインだ。」
顔だけでなく体中にも金属の棒を埋め込んだ男、ペインはゆっくりと目を開ける。その目は輪廻と言うべき輪が幾つにも波紋状に広がり、おぞましい雰囲気を醸し出している。
小南はかつての快活さを失い、今や厳格な印象を受けるペインを見て、長門が自死したあの日を思い出していた。
あれから暁はリーダーを失い、世界に絶望したペインは平和など対話で求められるものでは無いと言い、手に入れた輪廻眼を使って外道魔像なるものを口寄せした。
突然、時空が渦を巻いて裂けていく。
現れた渦巻きの橙の仮面の男こそ、尾獣を集めることを提案した張本人だ。
赤雲の新装束に身を包んだ3人は、仮面の男がどこからか引き寄せた卵型の椅子に座る。
「随分と準備に時間がかかったんだな」
「ああ、六道を集めていた。今は里の中に眠らせている。」
「クク……、まあよい。あの時のお前よりかは幾分も成長した。」
小南の体から飛び立った折り紙の鳥が、何枚にも分解されパラパラと重なり合うと、ひとつの本になる。ペインはそれを手に取り、目を通す。
「尾獣を奪うのに最適な人物をまとめておいたわ。殆どが抜け忍、S級犯罪者に指定されている者ばかりよ。」
「……ノルマは一人一匹。先ずは草隠れへと向かう。」
ペインは仮面の男へ視線を流す。キィ、と椅子が回り、男の手袋と装束が衣擦れの音を立てる。
たちまち空間はまた渦を巻き、男はどこかの時空へと旅立っていった。それが終わる頃、ペインと小南も立ち去ると、洞窟を塞ぐ。
今夜は満月だ。
塞いだ際に落ちた岩の欠片が水面に移る月を真っ二つに裂く。
崖の上では新“暁”としてのペインと小南が歩んでいくのを仮面の男が見ていた。深みがあり落ち着いた声は、誰に聞かせるものでもなく、ただ静かな夜へと消えていった。
「この世界はどうやら大きなイレギュラーが起きているようだ……、それは生きるべき運命の者が死に、死ぬべき運命だった者が生きるやもしれぬ……。輪廻眼、弥彦に与えたのが吉と出るか、凶と出るか……」