第1章 薄暮
「お父さん、わたしね、ふたつめ!開花したんだ!」
「おぉ!本当か?それはよかった、よかったなあ!」
「きゃっ、あははは!」
抱き抱えられぐるぐると回る。母とは違ったスキッとした爽やかな匂いに包まれる。
「さて、日が昇りきってしまう前に到着しなければなりませんので」
「ああ。じゃあ、鎖羅 、明後日には帰るからね?」
「うんっ!2人とも気をつけてね!」
お父さんとスメラギに手を振り、里内へ歩いていく。オレンジの朝日が里を囲う壁から覗いている。
「あれ、鎖羅ねーちゃん、さっきかあちゃんが当主様の所に慌てて走ってったよ」
「え……?おばさんが?」
小さい頃からお世話になっていた古書店のおばさんが母を尋ねることなんて、夢の内容の事しかない。それも悪い方の。
「……わかった、ありがとう。」
リュックを背負い直して建物を伝い本殿へと急ぐ。途中の階段で転びそうになりながらも、白檀の薫る本殿へとたどり着いた。
「鎖羅!」
「お母さん?!ど、どうしたの?!」
不安を隠しきれない表情で母が私の腕を掴む。状況もわからず、おばさんに視線をやると、こちらも慌てた口調で話し始めた。
「その、わたしの予知夢も、精度が高い訳では無いのですけどね、里長様が……森の中で倒れている夢を見まして……」
──そんな………お父さんが?
別れたばかりの背中を思い出す。今ならまだ間に合うかもしれない。でもお母さんは完全に混乱に陥っている。私が、そばにいないと……。
「………ウズメ」
「はっ」
母の側近であるくノ一のウズメが現れる。
「あの方を追いかけなさい、ですがあなたの命も危ないようなら直ぐに戻ってくるのです」
「承知致しました。」
会釈すると、ウズメは瞬身で消える。母はおばさんに礼を言って家へ返すと、キセイ様の前に座った。
「お、かあさん」
「……私には祈ることしか出来ません。鎖羅、あなたは今まで通り修行をしてきなさい。夜の勤行の時間までには必ず帰ってくるのですよ。」
「……はい」
経を唱え始めた母を背にして本殿を去る。
川の清流が淀み始めたような気がした。