第3章 三夜
リーダーが崩した本殿の屋根からキセイ様の像が覗いている。朽ちかけているものの、荘厳なその御姿は今でも鎖羅の胸を穏やかにする。同時に、滅びてもなお美しいキセイ様をあのふたりにも見せてやりたいと思う。
リュックから白檀の線香を取り出し、灰入れの中に土を詰めて差し込む。簡易的ではあるが、十分に勤行はこなせそうだ。
線香から一筋の煙が薫る。ゆっくりと目を閉じると、視界が霧に包まれたような感覚になる。
───ご挨拶遅れて申し訳ありません。キセイ様。
蛙はついに大海へ飛び出しました。豊かな愛しか知らなかった、愚かな蛙が……。
キセイ様、この忍の世こそ泡沫の夢であると説いたあなたは……哀れな私に、どのような未来を目指せと仰るのでしょうか?平和を築き上げた私たち一族に、次はどのような平和を創れとお教えになるのでしょうか?
目を開く。線香は全て燃え尽きていた。
立ち上がって後ろを振り向くと、床に一冊の書物が鎮座している。先程は無かった。キセイ様の後ろから太陽が覗いている。
「邯鄲の夢……第九十八篇」
この篇だけ全て暗号化されていて読めなかった。手に取って開くと、最初の数ページだけ暗号が解かれて普通の字に戻っている。前篇からしてちょうどお母さんが当主になった頃のものだ。