第17章 十七朝
「……なあ。本当にいいのか」
「………」
鎖羅は静かに筆を置く。
大人数の傭兵達は木の葉の里の離れに建てられた宿舎に住まいを移すこととなり、それぞれ戦争に向け英気を養っていた。
鎖羅も例に漏れず、荷物をまとめて宿舎の最上階の部屋へと移り、夜も耽った頃に邯鄲の書へ記録をしていた。
行灯の火が揺れる。
前リーダー、ハシバミは垂れた外套の袖をまくって腕を組んだ。
手のひらに巻かれた包帯が僅かに緩む。
「あの時加担してた連中はまだ残ってる。またお前のことを狙うかもしれないぜ。」
「…私には優秀な仲間がいますから」
鎖羅はハシバミに微笑んだ。
橙の炎に照らされたその顔は、笑みを浮かべていてもどこか悲しげだった。
「…俺は、どうしてお前がそこまで信用出来るのか分からねえ。加害者が言うのもアレだけどよ。」
「少なからずハシバミさんの事は信じています。あの時の血の熱さ、私は忘れませんよ。」
「……怖く、ないのかよ」
「怖くないですよ」
鎖羅は間髪入れずに答える。
畳に手を添え、ハシバミの方へ正座のまま向き直った。
「戦場に会いたい人がいるんです。トラウマなんかに屈してては、その人に辿り着くことなんてできないと思ってますから。」
訓練を終えても、鎖羅の心の傷は癒えていない。未だ突発的に襲われるフラッシュバックに耐え、食べ物を口にするのも躊躇ってしまう。
それでも鎖羅を突き動かすのは、仲間達への弔いの思いと、今も残っているトビへの恋慕だ。
ハシバミは瞳を揺らしながら、鎖羅へ僅かに歩みを進めると、膝をついて頭を垂れた。
鎖羅は慌てて立ち上がり、畳へ頭を擦り付けたハシバミを諌めようとした。
「今さら許してくれなんて言わねぇ!だから、せめてもの償いとしてお前に俺の命をやる!好きに使ってくれ、ここで殺したって構わない…!」
「そ、そんなことしません!ハシバミさん、頭を……」
「俺の、俺の恋人は、強姦された末に殺されたんだ……因果応報だよ。お前にも、お前のことを大切に思ってる人がいたってことを、俺は恋人を失ってから気づいた……」
ハシバミの胸に下がった、細く小さな銀のペンダントが光る。それを見て鎖羅はハッ、と顔を歪ませた。きっと遺骨だ。