第16章 亭午
比較的温暖な気候帯である木の葉と言えど、この季節であったら夜は冷え込む。
どこか懐かしい風がトビの仮面の隙間を通り抜けた。鼻をくすぐる緑と土の匂い。今となっては、もう少しも心を動かさない。
くるりと踵を返すと、ガラスで隔たれた部屋の向こうに歪んだトビの影が伸びている。
1歩進めば、窓をすり抜けてフローリングを踏んだ。
ゆらゆらと行灯の火が揺れている。
仮面を僅かに持ち上げ、フッと息を吹きかけると焦げたような匂いが充満した。
鎖羅にこんな下賎な薫りは似合わない。
優雅で、柔らかくて、神聖で、穏やかな、あの白檀の薫り……
ハッ、と我に返ったように、トビは頭を振る。
それでも香は今でも焚き染めているようで、静かに寝息を立てている鎖羅からは白檀が薫ってくる
トビは鎖羅が寝るベットの横に立つ。
触れようと頬に手を伸ばすが、スゥ、とすり抜けて空を掬った。
オレがコイツを愛く思う必要なんてない。
それならば、コイツだってオレを追いかける必要なんてない。
そう言い聞かせても、トビの頭の中にはゼツの言葉がいつまでもチラついてくる。
「どうして、か……」
計画を説明すれば、鎖羅は賛同してくれただろうか?
恋慕を弄ぶことなんてしなければ、今オレが鎖羅に触れることだって出来たのだろうか?
「リン……」
オレには分からない。
あの日からずっと、君を取り戻すために数多の犠牲を払ってここまで来た。
それなのに、何故オレは今こんな小娘に対して頭を悩ませている?
こんなに近くにいるのに、手に入らないもどかしさには慣れている筈なのに。