第1章 薄暮
「ッうわぁ!!」
布団から飛び起き、慌てて自分の目を確認する。
まるで本当に体験したかのような目の痛みと雨粒の音はいまだ離れることは無い。
空はようやく白んできたばかりで、のっぺりとしたライトブルーが目に刺さる。
橙の仮面の男───
ぽっかりと空いた右目の穴を包むように黒い触手が描かれていた仮面は嫌に不気味だった。
どこの誰なのか、いつの出来事なのかを知ることは出来ない。
「……えっ、これって」
頭が覚醒し、自分の夢見の形態に気づく。
私は明らかに人物の意識下に入っていた。ということは────
「おかあさん!!私、わたしっ!開花した!“知”、開花したよ!」
寝巻きのまま本殿へ走って祈祷をしていた母の元へ駆け寄る。本殿内は線香の白檀の匂いが充満していた。
「こら、鎖羅、キセイ様の前で騒いじゃいけませんよ。」
「あっ……、ごめんなさい……」
母が座る濃紺色の座布団の横に、自分用の座布団を敷いて共に祈祷を捧げる。
朝は寅の刻、夜は酉の刻に、一族開祖のキセイ様に祈りを捧げることが私達本家の勤行だ。
(キセイ様、能力を授けて下さりありがとうございます。今後我が一族の次期当主、そして次期神主として精進して参ります…………)
「………さて、鎖羅も2つ目の能力をようやく開花させた事ですし」
母は線香立てや仏具が置いてある木製の台の戸を開けると、厚みのある新しい本を取り出す。
表紙には“邯鄲ノ枕・第百十二篇”と記されている。
「我ら一族は古くから当主がこのような書に歴史を記していく決まりがあります。鎖羅が次期当主……つまり、私の死後はあなたが一族の未来を書き記していくのです。」
幼い頃から読まされていたこの書、初篇は開祖様の修行から血継限界“邯鄲の枕”(カンタンノマクラ)を生み出すに至るまでの全てが記録されていたことを思い出す。
「して、残り一つの力も開花出来るよう、これからも……って、鎖羅!」
「わかってるよおかーさん!」
もう、と呆れるお母さんを背に、普段着へ手早く着替えてリュックに受け取った本や筆記用具などを詰め込んで外に飛び出す。