第11章 十一朝
川の冷気が、廊下の柵から投げ出した脚のつま先をかすかに冷やしている。
鎖羅の耳には川の流れる地響きのような音しか聞こえていない。
虚ろな瞳で、ただどこかを見つめている。
昨日のあの出来事からどうやってアジトへ帰ってきたのか覚えていない。すっぽりと記憶が抜け落ちてしまっていた。
視界の隅から、ふらふらと青い蝶が飛んできた。
「………きれい」
羽が日に透けて、鎖羅の顔に青い影を差す。手を伸ばしても届くことは無かった。
「…………鎖羅?」
「ッ!!」
肩に置かれた手に酷く驚き、後ろを振り向くと蝶と同じ色の髪が垂れた女性が心配そうにこちらを見つめている。この女性が小南さんだと分かるのに数秒を有した。
「体調は大丈夫?」
「ぁ……はい」
「昨日ずぶ濡れになってふらふらとアジトに帰ってきたかと思えば、話しかけても反応が無いので皆心配していた。
トビが部屋に連れていって介抱してくれたのは覚えてる?」
「トビさんが…?」
小南さんは私と同じように柵の隙間に細い脚を通り抜けさせる。
「ええ。」
鎖羅は昨日の天候の割には自分の体がとても綺麗になっていたのに気付く。
「きっと新しい環境と任務体制で身体が疲れてしまったのね。少し私と一緒に折り紙でもしない?」
慰めになればいいけど、と小南さんは床にかざした手の下に正方形の紙の束を重ねた。