第27章 〜番外編その4〜
仕事を終え帰宅した家康だったが
鍵を開けたものの、なんとなく気まずくて
玄関のドアを開けるのを躊躇っていた。
桜奈も分かっているはず。
それどころか、桜奈がその身に宿して
育むのだから、実感も絆も
自分の比では無いはず。
無理をするはずがない。
分かっている・・・。
だが、どうしても拭きれない不安が
心の中に点々とシミの様に
浮かび上がる。
それもそのはず。
前世では、出産を機に体調を崩し
我が子を失ったことで、病に勝てず
命を落とした戦国時代の桜奈。
前世の記憶など、ありはしないのに
桜奈を失った悲しみは
家康の心を深く傷つけ、やがてそれは
最愛のものを失う恐怖として
家康の魂に刻み込まれた。
自覚はできなくとも
奥底に漂う、正体不明の不安。
妊娠が分かった、その時は
飛び上がる程嬉しかった出来事が
今は、プレッシャーにすら感じている。
(嬉しいはずなのに、心配で落ちつかない・・)
ドアノブを握ったままの手にグッと力が
入った。
こんなことでは、マタニィティブルーに
拍車をかけてしまう、自分がしっかり
しなければ・・・
今、誰より不安で不安定なのは桜奈
のはずだから。
そう思い直し、ドアを開けようとしたが
勝手にガチャっとドアが開いた。
一瞬、驚く家康に
『お帰りなさい、家康さん』と
桜奈が笑顔で出迎えてくれた。
『た、ただいま』と家の中に入って行く家康。
『鍵を開けた音がしたのに
なかなか入ってこないから、どうしたのかと
思った』と何かあったのかと気にするように
家康を覗き込み、尋ねる桜奈に
『ああ、ちょっと仕事のこと考えごとして
固まってただけ』と誤魔化した。