第26章 〜番外編その3〜
湯あみし、着替えて戻ってきた信長。
『まだ、目は醒めぬか・・・』と
待ちきれないとばかりに、そう呟いたが
『信長様が席を外して、まだ半刻も
経ってませんよ』とやれやれと言う表情で
家康が指摘した。
家康に突っ込まれると、自分がどれほど
余裕がなくなっているのかを自覚し
それを誤魔化すかのように、憮然とした表情で
『わしは、待たされるのが嫌いなだけだ』と
尤もらしく、言い訳した。
『ぷっ』と吹き出す家康。
(余裕なさすぎ)と笑ったが
『何がおかしい』とギロッと家康を睨んだ。
(うわっ、まずい!)と、地雷を踏み掛けた
家康は少し焦り
『信長様も栞の事になると
余裕なくなるんだなと思っただけですよ。
俺からしたら、羨ましい限りですけどね・・・』
そう言うと、いつもながら
桜奈の顔が思い浮かび
家康は、寂しそうにふっと笑った。
『まぁな・・・早いな、あいつが亡くなって
もう、7年も経つか・・・』
桜奈が、10歳の時
焼け落ちる城から、乳母とともに逃れたが
追手が眼前に迫る中、目の前で乳母を殺され
間一髪のところで、信長に命を救われた。
しかし、命は助かったものの
意識を取り戻した桜奈は
記憶も一切の感情も失った人形の
ように、生きていながら
死んでいるようだった。
そんな桜奈の成長をずっと
側で見守り育ててきた信長。
救えなかった大事な盟友の忘れ形見として
大切に育てたはずだった。
幸せになって欲しかった。
だが、桜奈がやっとつかみかけた
家康との幸せさえ、現実は情け容赦なく
桜奈から奪っていくように思えた。
信長にとっても桜奈の死は
やりきれない思いを残すものでもあった。