第22章 〜ただ一人の人〜
『じゃ、桜奈。一回全部通して
やってみて、細かな修正しようか』
と祖父に言われ
『はい』と短く答え
所定の立ち位置に立ち舞の構えをすると
雅楽の音楽がスタートした。
まるで、身体に浮力でもあるかのように
ふわりとふわりと舞ったかと思うと
タンッ!と力強く、床を踏み込む
シャラン、シャランと軽やかになる
神楽鈴。
流れるような視線は
時に力強く
時に柔らかく
時に儚げに
今まで見たこともない桜奈の
表情に息を呑む。
全身の血液が逆流するよに
熱いものが込み上げてきて
鳥肌が立った家康。
瞳を見開き、驚きのあまり
思わず口元を手で覆いながら
一瞬たりとも目が離せない。
世界に自分と桜奈の
二人しか存在しないかのように
桜奈しか見えなくなっていた。
その感覚は、初めて桜奈を見た
あの瞬間の再現のように、自分の全部を
桜奈に持っていかれるような気分になる。
優雅で優美で美しい・・・どんな賛美の
言葉も家康の中では超越してしまう。
ただ、ただ、感じるのは
今目の前で美しく舞う桜奈を
記憶にないほど、遙か昔から
知っていると言う感覚と
二度と見ることは叶わないと思っていた
ものを再び目にする事ができたと言う
感慨深さと込み上げてくる感動。
目頭が熱くなるのを感じながら
一瞬たりとも見逃すまいと
桜奈に見入る家康。
すると、戸口付近で
『うぅっ』と嗚咽が漏れる様な声がし
目を向けようとしたとき
シャラシャラシャラン・・・すっー
しゅたっ。
音楽と共に、桜奈の舞が終わった。