第10章 〜距離〜
ここに住み始めてから、まだ5日目
始めてすれ違ってから1か月も
経っていないのに、もうずっと前から
よく知っている、懐かしさのような感覚と
安堵感の中にいる心地よさが、家康の中に
込み上げていた。
次の住まいが決まるまでの、一時的に
お世話になるお宅。上杉家にくるまでは
そのくらいにしか思っていなかった。
高校生の子がいるとは、聞いていたが
それが、男子か女子かすら興味はなく
兄のマンションと他人の家と天秤に
かけた結果、下宿する方が勉強できる
と言う判断でそちらを選んだだけだった。
医大に合格したからと言って
ホッとしている暇などないのだ。
人の命に関わる仕事。
覚えなければならない知識は
膨大な量になる。
だからこそ、落ちついて勉強ができる
環境を選んだつもりだった。
まさか、あの日、ほんの一瞬すれ違い
自分の中で衝撃が走り、忘れようにも
忘れられないでいた子の家が下宿先
だなんて、思いもよらなかった。
『運命・・・』柄にもなく、そんな思いが
よぎった。そして、驚くことに、相手も
同じように自分を見つめていた。
込み上げてくる、衝動にも似た想い。
けれど、それには蓋をして閉じ込めて
おかねばならないと言う理性。
桜奈と過ごす時間を重ねるほど
どうしたいのか自覚していくのに
どうしようもない自分の置かれた立場。
そして、呟いてしまった
『運命の出会いなら、良かったのに・・・』
と言う本音。どうにもならない事がある
現実を思い知らされただけだった。