第10章 〜距離〜
暫く、沈黙する二人。
夏の匂いのまじった夜風が、ざわざわ木々の
葉をゆらし、ブランコが揺れるたび
キー、キーと言う音だけが、公園に響いた。
沈黙を破ったのは、家康だった。
『さっき、思わず名前で呼んじゃったけど
これから、名前で呼んでいい?俺のことも
おじさんや、おばさんみたく、名前で
呼んでよ』
何故、突然泣きだしのか、桜奈の
気持ちを知りたかった。
でももう、手を伸ばす事は許されないからこそ
気持ちを聞いてどうするんだと
止める自分もいた。
ただ、一緒に住んでいる限られた期間だけでも
桜奈を身近に感じていたくて 名前で
呼んで欲しいと思った。
桜奈に一線を引かれ、距離が
できてからでは、それも無理かとも
感じ(自分勝手な最低な奴だな、俺は・・・)
と自己嫌悪に陥りながら、桜奈を見た。
缶コーヒーで目を冷やしたままコクッと頷く
桜奈。
急に抱きしめたりして、嫌悪されても
文句は言えないのに、提案を受け入れてくれた
ことに安堵してしまう自分がいた。
今度は、桜奈が重い口を、開いた。
『徳永さん』と言うと、間髪入れずに
『家康』と訂正を求める家康。
『あっ、家・・康・・さんは、まだ学生だけど
もう、婚約者がいるんですよね?
小さい頃からの許嫁とかですか?
それとも、うちの両親みたいに大恋愛で
結婚するって約束した人ですか?』
聞いたところで、意味のないことだと
分かっている。
何故なら、自分の失恋が決定事項なことに
何の変わりもないからだ。
でも、聞かずにはいられなかった桜奈。