第46章 やらなくちゃいけないことがあるから
「黙って聞いてれば・・」
心底傷付けてしまった、みたいな顔で謝る花子に腹が立ったし、白い首筋に残る複数の真紅な痕にも言わずもがな苛立った。
「嫉妬深いオトコだということは分かっていたつもりだが、真太郎がまさかこんなにも独占欲が強いとは思わなかったよ。一体、どれだけシルシを付ければ気が済むんだ?」
『こ、これには、訳があってね・・』
努めて冷静に問いかけると、今更彼女は懸命に自分の首を掌で隠した。一体そのキスマークに独占欲以外のどんな訳があるのか、ぜひ聞いてみようと一度は開いた口だったが、よくよく考えてその口を閉じた。
どうせ、花子のことだ。
そんなオトコの気持ちさえもよく理解していないだろうと踏んだからだ。
いつだって彼女はそうだ。
無邪気で、純粋で、人を疑ったりなどしない。そういう所が好きだったけれど、そういうところがときどき“オレ”を傷付けた。暫くして、自分の下で横たわる彼女があまり抵抗していないことに気が付く。
“僕”がこの状況を作りあげたのに、彼女の様子を気にかけるなんて全く自家撞着もいいところである。そして大抵こんな風に考えるのは、“オレ”の方だった。
『・・赤司?』
僕のものにしてしまいたい欲求はもちろん心中にあるが、それでもどうしてもこの状況に抵抗しないことがひっかかるのだ。
今まで不甲斐ない結果は全て“オレ”のせいにしていたが、この“僕”も大概である。一挙一動気にして、何しているんだ、と心の中で嘲笑った。しかし、口から出てきたのはやはり“オレ”が聞きそうな“僕”の声だった。
「何故、いつもみたいに抵抗しない?」
『・・・。』
「このままじゃ、花子は今から僕の思い通りに抱かれてしまうよ。」
花子は“僕”に怯えているから動けないんだと思っていた。だからこう分かりやすく言えば、ハッとして抵抗をするだろうとも思った。とは言え、簡単に帰すつもりもさらさらなかった。
それなのに、だ。
花子は抵抗するどころか、1ミリも顔色を変えなかったのだ。そしてこんなことを言うのだ。
『赤司の好きにしていいよ。』
と。
その目は笑っているのに、瞳の奥は光を失っていて今まで見たことないくらいに不気味な笑顔だった。