第44章 忘れさせてやる
黄瀬から聞いていた通りその場所に花子と高尾はいた。足元で無造作に転がる缶の飲み物たちが、その状況を物語っているようだった。
「おい山田・・・っ、頼むからっ・・・、もうやめてくれよっ・・・、」
そう哀しい音色でオロオロとしている高尾の先で、花子はただただ一心不乱に水道で唇を濯いでいた。こんな真冬に、氷のように冷たいであろう水をバシャバシャと浴びるように洗い続ける。
『・・・まだ汚いから、』
そう言う花子は取り乱してこそいなかったが、逆にその落ち着いているように装う姿が痛々しく見えた。
「・・・大丈夫だよ?んなことしなくたってオマエは汚くなんかねぇよ・・・なぁ、お願いだからやめろよっ、」
高尾の切願するようなその声も今の花子には届いていないのだろう。証拠にその手は休むことなく冷たい水を次から次へと口元に運ぶ。
見ていられなかった。
花子の傷付いた姿を。
許せなかった。
同じ罪を冒した灰崎も、また守ってやれなかった自分自身も。
そんな一言では表せきれない感情を爆発させてしまわぬように深く深く深呼吸をして、まだオレに気付かぬ二人の方へと一歩一歩近付いていく。
白い首筋にくっきり残る赤い印に、首を締められたような痕も近付けば近付くほどによく見えた。抑えようと思っていたはずの感情も、それと比例するかの如く急上昇する。
「・・・花子、」
努めて冷静に且つ優しく声をかけたつもりだが、自分の鼓膜に届くその声はかっこ悪いほどに揺れていた。そして呼ばれた本人の肩もビクンと大きく揺れた。
『・・・っ、』
「あっ、えっとね・・・真ちゃん。これにはちょっと訳があってさ、」
動きを止め黙りこくる花子とは対照的に、あわあわとしだした高尾の肩にポンと手を置いた。水道水はジャージャーと激しく流れる落ちる。
「すまなかったな。」
そしてそのまま立ち止まることなく一直線に花子へと近付く。オレの存在に気付いてからは背を向けたまま俯くその顔を、どうにかこちらへ振り向かせたい。
「花子。」
そっと肩に手を添える。
嫌がられずには済んだが、鈴のように笑うその顔を見ることは許されなかった。