第44章 忘れさせてやる
「・・・あれ?」
しかしその痛みは、一向にやってこない。
不審に思い、恐る恐る瞼を持ち上げてみる。灰崎の握られていたはずの拳は既に解かれていて、その視線の先には一人の人影があった。
「オイオイ、いきなりオレにボールを投げつけるなんていい度胸だな・・・涼太。」
「黄瀬くん!!」
オレの声に反応した山田はゆっくりと顔をあげる。乱れていた呼吸も少しではあったが落ち着つきを取り戻していた。
涙ぐみながらボロボロになった山田を見て、黄瀬くんは眉間にシワを寄せる。その表情は痛恨の極みと言ったところだろうか。そこから垣間見える黄瀬くんの感情は手に取るように分かった。
いつか聞いた中学時代の話をオレは思い出していた。黄瀬くんが山田のことを好いていた理由だけが原因ではないが、彼も大なり小なり自責の念に駆られていたことだろう。
どんなに月日が流れたってコイツらの気持ちが晴れる日なんて来ないのかもしれない。それほどのことを仕出かしたというのに、このオトコには反省の色が全く見えなかった。
そんな灰崎をジロリと黄瀬くんは睨む。
「また花子っちに手、出したんスね・・・・・いつまでこんなくだらないことしてんスか、祥吾くん。」
「あ?」
「そもそもどういう風の吹き回しっスか?」
「別に理由なんてねぇよ。復讐とかでもねぇ。強いて言えば、・・・ただのヒマつぶしだ。」
反省は疎か、悪いとさえ思ってもいないその発言に腸が煮えくり返るようだった。
「そこに虐めがいのある山田がいたからちょーっとからかってやっただけ。バスケも同じ。そこにボールがあったから放っただけ。練習なんてなーんもしなくたって出来ちゃうんだよ、オレは。」
『最低・・・・・っ、』
か細い声で呟いた山田のそれは、オレにしか聞こえなかった。灰崎の呆れるような物言いに開いた口が塞がらない中、次に声を発したのは黄瀬くんだった。
「花子っち、本当に悪いんスけど、この場はここで収めてくんないスか?もちろん許せなんて言わないっス。けど、次の試合どうしもアイツとやらせてほしいんス。オレが責任もって倒すんで。」
強い意志の灯った眼差しで見つめられた山田は、縦に首をふった。