第42章 オレが、奪うぞ
「真ちゃんから連絡は?」
『待って、確認してみる、・・・今のところ何も来てない。』
「ってことは、バレてないのか?」
『私もウソが上手くなったってことだね。』
得意気な顔で笑う山田とそんな会話をしたのは部屋を出る直前で。
山田のウソほど分かりやすいものはないと思いながら家を出る。するとすぐに異変に気が付いた。が、敢えて何も言わなかった。
そんなことよりも、部屋で言われたあの一言が何度も頭で再生される。
“でも高尾は、私の嫌がることはしないでしょ?”
なんて首を傾げてそう問う姿は、正しくあざとく、これが計算じゃない(そこまで考えられるほど山田は賢くないはず)というのだから全く恐ろしい人だ。
でも山田はオレを買いかぶり過ぎている。
もしカレシが緑間じゃなかったら、もし中学時代のあの一件がなかったら・・・。
きっとオレは間違いなく山田に手を出していただろう。つまりオレは良い人だから山田に手を出さなかったわけじゃなく、その背景にある色々がオレをそうさせただけなのだ。
しかし山田はそんなことに気付くはずもなく、隣でブツブツと英語の単語を呟きながら寒そうに首を窄める。仕方なく自分の首に巻いてあったマフラーを解く。
「ほれ、使えよ。」
『え、でもそれじゃ高尾が、』
「オマエに風邪引かれるよりマシだろ?ってか断ってんじゃねぇよ、なんかハズいだろーが。」
『じゃあ、お言葉に甘えて。』
そう笑う山田に強引にマフラーを押し付ける。真赤に染まった山田の鼻と頬が、冬を知らせているようだった。
そしてすっかり忘れていたが、オレのあの言葉を山田はどう捉えたのだろうか。
“オマエがちゃんと守れねぇなら、オレが、奪うぞ”
そう真ちゃんに言い放ったことを山田はきっと聞いていた。となれば、この気持ちに気付いていてもおかしくはないのだが、これと言ってその話に触れてこないことを考えると、気付いていないのかもしれない。
『ねぇ、高尾ってさ、』
「ん?」
『好きな人いないの?』
やはり、気付いていないようだ。
オレのマフラーを付けて幼く笑う想い人が、鈍感で良かったと心底思った瞬間だった。