第39章 ・・・殺す
「黄瀬とデートしたでしょ?付き合ってるの?」
『付き合ってなんかない・・・あれだって・・デートじゃ・・・ない、』
震えた声で勘違いだと話しても、もちろん松野先輩はそれを信じてなどくれなかった。
それどころか黄瀬くんが私を好きになってしまったから松野先輩が別れざるえなくなったと、怒鳴り散らす。
「この、泥棒猫っ!目障りなの、もう学校に来ないでっ!」
松野先輩の叫びにも似た声が倉庫内に響き渡る。その声に誰か気付いて、と懇願してみたがついには神にまでも見放されてしまったのだろうか。少し前から土砂降りの雨が降り始め、その願いは呆気なく打ちひしがれた。
何も答えられない私に、乾いた笑顔を浮かべた松野先輩が近付き、先程カッターで切られた部分をわざとらしく触わる。
『・・・いたっ』
「ねぇ、聞かせてよ?本当に何も気付かなかったの?」
何も気付かなかった。
今し方松野先輩に言われるまで、私は何も気付かなかったのだ。
エースの座を奪ってしまったことに松野先輩が腹立てていたことも、嫌がらせをしていた犯人が松野先輩だということも、真ちゃんたちが話をつけてくれていたことも、赤司が宮古さんと付き合っていた理由も、黄瀬くんのことも、全て。
私は何も気付かなかった。
『・・・ごめんなさいっ、』
「本当にあんたって人は・・・だから大嫌いなのよっ!」
思いっきり振りかぶられた右手はそのまま私の左頬にクリーンヒットした。もちろん避けようとしたが、腕を抑える2人がそれを許してはくれなかった。
『っく、』
少しでも気を緩めたら泣いてしまいそうだった。切られた頬を叩かれて痛かったからではない。何も知らなかった“鈍感お姫様”な自分に悔しくて泣きそうなのだ。
私にも非があった。
だとしてもこんなやり方はやはり許されない。ここで泣いてしまったら全て私が悪いと認めてしまったことになりそうで、それは嫌で、私はなんとか零れ落ちそうになる涙を堪えていた。
「泣いてくれたら、もっといじめがいがあるのにね。つまんない子。ほら灰崎、好きにしなさい。」
「了解。」
こんなオンナの何処がいいの?
それだけ言い残して松野先輩は体育館倉庫を出ていった。きっちりと扉を閉められるとそこは真っ暗で相手の顔を確認するのがやっとだった。