第39章 ・・・殺す
「久しぶりだな、山田。」
『え、なんで灰崎が・・・?えっと・・・・・これは、どういうことですか、』
本当にこの状況が分からなかった。
私の問いに、今まで見たことのないほどに冷めた顔をしている松野先輩が答える。
「この状況を見ても、何も気付かないわけ?」
『え?』
「あなたのそういうところ、大嫌いなのよっ!」
初めて聞いた、松野先輩の怒声を理解するのにどれくらいの時間がかかっただろうか。何が何だか分からず、ただ呆然と立ちすくむ。
やっとの思いで、あぁ私は先輩に嫌われていたのか、と理解した頃には、名前も分からない男2人にそれぞれの腕を力いっぱい抑えられ身動きが取れなくなった。
『ちょっ、嫌っ!離してよっ!!』
可能な限り大きく左右に動いてみるが、それも虚しく男の力に敵うはずもなかった。
「おい、じっとしてろよ。じゃねぇと、切れちゃうぜ?」
『っ!!』
目の前に立ちはだかった灰崎は、カチカチカチとカッターの刃を剥き出しにして、それを私の左頬に近付けた。ピタっと当たった刃先は冷たくて、少し切れたような感覚はあったが全く痛みは感じなかった。
痛みよりも、これから私はどうなってしまうのかという恐怖心の方が上回り、大した声も出ずただただ震えることしか出来なかった。
「んな顔、すんなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」
『・・・やっ・・・・・だ、』
灰崎の左手が厭らしく私の顔を撫でる。こんな風に触られたことは今までになく、戸惑いと気持ち悪さで身震いが止まらず、思わず目を瞑る。
そんな中、どうにかこうにか振り絞った声にさえ男の人が欲情してしまうなんて私は知らなかった。
「おい、山田?煽ってんのか?」
「やっべぇな、灰崎。コイツ、よく見れば可愛いじゃん。」
「ヤりてぇ。」
「待てよ、オメェら。オレが先だぜ?」
目の前で繰り広げられる会話が、どこか遠くの方で話しているように聞こえた。
これからされるであろう情事が怖くて怖くて堪らない。助けを呼ばなければ、と分かっているのになかなか口が動かず声が全く出てこなかった。
「待って、灰崎。あとで十分愉しみなさい。まずは話が先。」
なんて笑う松野先輩は私の知っている松野先輩ではなかった。